つらつら思うこと

特にテーマは決めずに書きます

私が所持する古語辞典

2018年7月17日現在、私が所持する古語辞典。
現在23種27冊。


❂明解古語辞典/改訂版(金田一京助監修、金田一春彦編修主任、1953年4月初版1958年3月改訂版1958年12月改訂2版、三省堂、A6判本文1,043頁付録111頁巻頭口絵ナシ)

❂角川古語辞典/改訂版(武田祐吉久松潜一編、1958年3月初版1963年1月改訂版1964年1月改訂35版、角川書店、A6判本文1,102頁付録217頁巻頭口絵ナシ)※35版とあるのは35刷の意味か。

❂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会〈代表・澤瀉久孝〉編、1967年12月初版1983年9月初版3刷、三省堂、B5判本文841頁付録108頁巻頭口絵ナシ)

❂基本古語辞典/改訂版(小西甚一著、1966年3月初版1969年11月改訂版1973年3月改訂4版、大修館書店、B7変形判本文568頁付録76頁巻頭口絵ナシ)

講談社古語辞典(佐伯梅友・馬淵和夫編、1969年12月初版1994年11月19刷、講談社、B6判本文964頁付録208頁巻頭カラー口絵6頁)

❂詳解古語辞典(佐藤定義編、1972年11月初版1976年2月再版、明治書院、A6判本文489頁付録50頁巻頭口絵ナシ)

❂角川新版古語辞典(久松潜一・佐藤謙三編、1958年3月初版1972年11月新版1987年1月新版194版、角川書店、B6判本文1,249頁付録211頁巻頭カラー口絵8頁)

❂岩波古語辞典/初版(大野晋佐竹昭広・前田金五郎編、1974年12月初版、岩波書店、B6判本文1,426頁付録62頁巻頭口絵ナシ)

❂新明解古語辞典/第二版(金田一京助監修、金田一春彦編者代表、1972年12月初版1977年12月2版1979年1月2版7刷、三省堂、B6判本文1,117頁付録177頁巻頭カラー口絵32頁)

❂例解古語辞典/第二版(佐伯梅友・森野宗明・小松英雄編著、1980年1月初版1985年1月2版1986年2月8版、三省堂、B6判本文954頁付録31頁別冊付録62頁巻頭カラー口絵4頁)

❂角川最新古語辞典(佐藤謙三・山田俊雄編、1975年1月初版1980年1月増補版初版1998年1月増補版64刷、角川書店、A6判本文636頁付録123頁巻頭カラー口絵8頁)

❂新訂/詳解古語辞典(佐藤定義編、1972年11月初版1982年10月新訂版1985年1月新訂7版、明治書院、A6判本文534頁付録34頁別冊付録22頁別冊助動詞一覧表付巻頭口絵ナシ)

三省堂セレクト古語辞典(桑原博史・三省堂編修所編、1987年12月初版1988年3月3刷、三省堂、B6変形判本文569頁付録10頁巻頭口絵6頁)

❂角川必携古語辞典(山田俊雄・吉川泰雄編、1988年11月初版1990年10月再版、角川書店、B6判本文873頁付録78頁巻頭カラー口絵56頁)

❂岩波古語辞典/補訂版(大野晋佐竹昭広・前田金五郎編、1974年12月初版1990年2月補訂版2013年1月補訂21版、B6判本文1,466頁付録68頁巻頭口絵ナシ)

❂最新/詳解古語辞典(佐藤定義編、1972年11月初版1991年10月最新版1995年1月最新版5版、明治書院、A6判本文688頁付録36頁別冊助動詞一覧表付巻頭口絵ナシ)

❂必修要語全訳古語辞典(平田喜信編、1992年2月初版1993年3月2刷、学研、B6変形本文846頁付録35頁巻頭口絵ナシ)

❂ベネッセ全訳古語辞典(中村幸弘編、1996年11月初版2002年3月初版13刷、ベネッセコーポレーション、B6判本文1,316頁付録56頁巻頭口絵ナシ)

❂古語林(林巨樹・安藤千鶴子編、1997年11月初版2010年4月初版7刷、B6判本文1,440頁付録178頁巻頭カラー口絵4頁)

❂ベネッセ古語辞典(井上宗雄・中村幸弘編、1997年初版2007年1月初版6刷、ベネッセコーポレーション、B6判本文1,312頁付録381頁別冊付録107頁カラー図説8頁)

❂全訳古語例解辞典/第三版(北原保雄編、1987年1月初版1998年1月3版2002年2月3版9刷、小学館、B6判本文1,220頁付録111頁巻頭口絵ナシ)

❂ベネッセ全訳コンパクト古語辞典(中村幸弘編、1999年11月初版、ベネッセコーポレーション、B6判本文907頁付録76頁巻頭口絵ナシ)

三省堂詳説古語辞典(秋山虔渡辺実編、2000年1月初版、三省堂、B6判本文1,318頁付録175頁巻頭カラー口絵8頁)

❂旺文社古語辞典/第九版(松村明・山口明穂・和田利政編、1960年2月初版2001年10月9版2006年9版重版、B6判本文1,354頁付録171頁巻頭カラー口絵8頁)

❂全訳用例古語辞典/第二版/ビジュアル版(金田一春彦監修、菅野雅雄・中村幸弘編、1996年12月初版2002年12月2版2005年1月2版2刷、B6判本文840頁付録79頁巻頭カラー口絵24頁)

❂旺文社全訳古語辞典/第三版(宮腰賢・桜井満・石井正己・小田勝編、1990年11月初版2003年10月3版2010年3版重版、B6判本文1,270頁付録59頁巻頭カラー口絵32頁)

❂東書最新全訳古語辞典(三角洋一・小町谷照彦編、2006年1月初版2011年2月初版4刷、東京書籍、B6判本文1,423頁付録99頁巻頭カラー口絵32頁)



頁数を見てみるとこんな感じ。

B5判(大型)
①841頁【三省堂時代別国語大辞典上代編】

B6判(中型)
①1,466頁【岩波古語辞典/補訂版】
②1,440頁【大修館古語林】
③1,426頁【岩波古語辞典/初版】
④1,423頁【東書最新全訳古語辞典】
⑤1,354頁【旺文社古語辞典/第九版】
⑥1,318頁【三省堂詳説古語辞典】
⑦1,316頁【ベネッセ全訳古語辞典】
⑧1,312頁【ベネッセ古語辞典】
⑨1,270頁【旺文社全訳古語辞典/第三版】
⑩1,249頁【角川新版古語辞典】
⑪1,220頁【小学館全訳古語例解辞典/第三版】
⑫1,117頁【三省堂新明解古語辞典/第二版】
⑬ 964頁【講談社古語辞典】
⑭ 954頁【三省堂例解古語辞典/第二版】
⑮ 907頁【ベネッセ全訳コンパクト古語辞典】
⑯ 873頁【角川必携古語辞典】
⑰ 846頁【学研必修要語全訳古語辞典】
⑱ 840頁【学研全訳用例古語辞典/第二版/ビジュアル版】
⑲ 569頁【三省堂セレクト古語辞典】

A6判(小型)
①1,102頁【角川古語辞典/改訂版】
②1,043頁【三省堂明解古語辞典/改訂版】
③ 688頁【明治書院最新詳解古語辞典】
④ 636頁【角川最新古語辞典】
⑤ 534頁【明治書院新訂詳解古語辞典】
⑥ 489頁【明治書院詳解古語辞典】

B7判変形(超小型)
①568頁【大修館基本古語辞典/改訂版】

佐藤定義編「詳解古語辞典」について

少し前にヤフオクで佐藤定義編「新訂詳解古語辞典」(1972年11月初版1982年10月新訂版、明治書院)を購入した。

率直に言って、こういう古語辞典があること自体最近まで知らなかった。編纂者の佐藤定義という人についてもWikipediaコトバンクはてなキーワードのいずれも書かれておらず、何の情報も無いし、ただ単に安かったから購入したというだけのことだった。

最初に見た時は一般の中判古語辞典(ほぼB6判)よりも一回り小さいA6判サイズ(縦がA6よりやや長い)で頁数も本編534頁と一般の中判古語辞典の半分以下だし、頼りない印象を受けた。

ところが中を読んでみて驚いた。源融の「みちのくの忍もぢずり誰ゆへにみだれそめにし我ならなくに」の最後の『に』をこの辞書ははっきり間投助詞と書いている。接続の点で多くの参考書にある接続助詞説や終助詞説には疑問を持っていたので、これを見てすっきりした。
収録語彙数こそ1万3千と少なめだけれども語釈は丁寧でしっかりしているのですっかり気に入って、さらにヤフオクで初版と最新版(1991年10月)も購入して比べてみた。

本編の頁数
 初版……489頁
 新訂版……534頁
 最新版……688頁

ただ最新版は活字がやや大きくなり(1行26字⇨22字)行間が広くなり(1段35行⇨33行)、新たに20のコラムと28の同形異種語識別表を加えているので、語彙の増補は見た目ほどでは無いようだ。

凡例は実は初版が一番詳しくて主要出典一覧表だけで11頁もある。新訂版では何故か一遍に2頁に減らされている。

別冊付録は新訂版には「助動詞(34種)の総合整理」なるイラスト入り一覧表と「古文学習の手引」という小冊子が付いていたが、初版には別冊付録が無く、最新版は助動詞の一覧表だけが付いていた。
ただ、新訂版は函付きだったのに対して初版と最新版は函無しで出品されていたので、初めから付録が無かったのか紛失したのかは判らない。

巻末の百人一首は初版・新訂版は通釈・語釈が載っているが最新版では語釈が省略されて通釈のみになり、その代りに「主要古典の読解」が加えられている。

こうしてみると、単に初版⇨新訂版⇨最新版とどんどん増補されたという訳ではなくて削られたものもあり、三冊揃えてもそれぞれに存在意義があるようだ。

『~くば』か『~くは』か

形容詞の未然形に『く』を認めるか否かに関しての質問が知恵袋にあったので(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12192383582)、伊勢物語における二箇所の「~くば」or「~くは」がどう表記されているかを調べてみた。


①〈82段〉山のは[なくは]月もいらしを
②〈119段〉これ[なくは]わするゝ時もあらましものを


【A】①なくば②なくば
★新譯繪入伊勢物語吉井勇譯、1917年5月)
伊勢物語新釋(西義一著、1948年8月)
★新編伊勢物語選(武田祐吉編、1952年3月)
古典文庫64/伊勢物語〈天福本・谷森本〉(鈴木知太郎校、1952年11月)
★角川文庫/伊勢物語(中河與一譯註、1953年7月)
★現代語譯日本古典文學全集/伊勢物語(大津有一譯、1954年3月)
★日本国民文学全集5伊勢物語中河与一訳、1956年6月)


【B】①なくば②なくは
★標註伊勢物語新釋(藤井高尚原著、大久保初雄標註、1894年7月)
★日本古典全書/伊勢物語(南波浩校註、1960年7月)
★定本伊勢物語(小澤彰著、1992年1月)


【C】①なくは②なくば
伊勢物語付業平集(鈴木知太郎・田中宗作編、1960年4月)
★狩使本伊勢物語・復元と研究(林美朗著、1998年9月)


【D】①なくば②(この段無し)
改造文庫伊勢物語久松潜一訳、1930年)
★詳解伊勢物語(石泉要編、1932年10月)
★恋の王朝絵巻伊勢物語岡野弘彦著、2008年3月)


【E】①なくは②なくは
★新註伊勢物語(松尾聰編、1952年5月)
伊勢物語精講(池田亀鑑著、1955年4月)
日本古典文学大系9/伊勢物語(大津有一・築島裕校注、1957年10月)
★文法と解釈シリーズ/伊勢物語の文法と解釈(橘誠著、1957年11月)
★国文解釈と鑑賞叢書3/文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞(伴久美著、1958年5月)
★古典日本文学全集7王朝物語集~伊勢物語(中谷孝雄訳、1960年7月)
伊勢物語に就きての研究 索引篇(伴久美著、1961年12月)
岩波文庫伊勢物語(大津有一校注、1964年12月)
伊勢物語影印付(山田清市編著、1967年4月)
★校註伊勢物語(松尾聰・永井和子著、1968年4月)
★日本文学全集2―2王朝物語集~伊勢物語中村真一郎訳、1968年10月)
伊勢物語評解(上坂信男著、1969年1月)
★校注古典叢書/伊勢物語(片桐洋一校注、1971年3月)
★校註伊勢物語(鈴木知太郎著、1971年4月)
伊勢物語新解(狩野尾義衛・中田武司著、1971年5月)
伊勢物語総索引(大野晋・辛島稔子編、1972年5月)
講談社文庫/伊勢物語(森野宗明校注、1972年8月)
★日本古典文学全集8(福井貞助校注・訳、1972年12月)
伊勢物語全釈(森本茂著、1973年7月)
★新潮日本古典集成/伊勢物語渡辺実校注、1976年7月)
★創英社対訳日本古典新書/伊勢物語(永井和子訳・注、1978年4月)
講談社学術文庫伊勢物語(下)(阿部俊子訳注、1979年9月)
古典文庫397/伊勢物語〈鉄心斎文庫本〉(山田清市編、1979年10月)
★角川文庫/新版伊勢物語石田穣二訳注、1979年11月)
★異本対照伊勢物語(片桐洋一編、1981年1月)
★現代語訳学燈文庫/伊勢物語(吉岡曠訳、1982年12月)
★完訳日本の古典10/伊勢物語(福井貞助校注・訳、1983年2月)
伊勢物語全釈(中野幸一・春田裕之著、1983年7月)
★わたしの古典3/大庭みな子の伊勢物語(大庭みな子著、1986年5月)
★有精堂校注叢書/伊勢物語(中田武司校注、1986年9月)
★旺文社対訳古典シリーズ/伊勢物語(中野幸一訳注、1990年6月)
★新編日本古典文学全集12/伊勢物語(福井貞助校注・訳、1994年12月)
新日本古典文学大系秋山虔校注、1997年1月)
★新編伊勢物語(神野藤昭夫・関根賢司編、1999年1月)
★笠間文庫原文&現代語訳シリーズ/伊勢物語(永井和子著、2008年3月)


【F】①なくは②(この段無し)
★文法解明叢書/伊勢物語要解(此島正年著、1955年)
★学燈文庫/伊勢物語(池田亀鑑著、1956年9月)
★日本古典鑑賞講座5/伊勢物語(大津有一編、1958年5月)
★古典解釈シリーズ/文法全解伊勢物語(雨海博洋著、1969年1月)
★ジュニア版古典文学4/伊勢物語(望月道子、1975年8月)
★鑑賞日本古典文学5/伊勢物語(片桐洋一編、1975年11月)
★グラフィック版日本の古典3/伊勢物語中村真一郎訳、1976年6月)
★文法鑑賞伊勢物語新解釈(原国人著、1980年10月)
★現代語訳学研版日本の古典/伊勢物語田辺聖子訳、1980年11月)
集英社文庫伊勢物語田辺聖子、1987年7月)
★学研ムック/伊勢物語田辺聖子、1988年8月)
★21世紀によむ日本の古典3/伊勢物語(9倉本由布著、2001年4月)
★日本の古典をよむ6/伊勢物語(福井貞助校訂・訳、2008年5月)


【G】①(この部分無し)②なくは
角川ソフィア文庫/ビギナーズ・クラシックス伊勢物語(坂口由美子編、2007年12月)



二箇所とも『〜くは』としたのは1952年の松尾聰「新註伊勢物語」が一番早いようだが、119段の方は江戸時代の藤井高尚「伊勢物語新釋」において既に『〜くは』となっているのに驚く。

なお『〜くは』となっている本でも『は』を係助詞とする本と接続助詞とする本とがあるのに気づいたので、これも調べてみた。
参考書については上記では学者としても著名な人の著書及び1940年代以前に書かれたものに限ったが以下は私の所持するすべての参考書を対象とする。

【係助詞】
★文法解明叢書/伊勢物語要解(此島正年著、1955年)
★国文解釈と鑑賞叢書3/伊勢物語の解釈と鑑賞(伴久美著、1958年5月)
★要説伊勢物語日栄社編集所編、1964年5月)
★精釈シリーズ19/文法詳解伊勢物語精釈(三ツ木徳彦著、1965年5月)
★明解シリーズ19/伊勢物語(郷衡・田尻嘉信著、1972年11月)
伊勢物語全釈(森本茂著、1973年7月)
★文法鑑賞伊勢物語新解釈(原国人著、1980年10月)
伊勢物語全釈(中野幸一・春田裕之著、1983年7月)
★古典新釈シリーズ4/伊勢物語(春山要子著、1984年10月)
★新・要説伊勢物語日栄社編集所編、1998年7月)

【接続助詞】
★文法と解釈シリーズ/伊勢物語の文法と解釈(橘誠著、1957年11月)
★ニュー・メソッド国文対訳シリーズ1/伊勢物語(小西宏著、1961年4月)
★古典解釈シリーズ/文法全解伊勢物語(雨海博洋著、1969年1月)
★文法解説伊勢物語日栄社編集所編、1973年4月)
★武蔵野古典学習講座2/伊勢物語(野口博久・関恒延・中野猛編著、1978年5月)
★国語 Ⅰ シリーズ3/伊勢物語(奥野光恵著、1982年5月)
★精選古典14/伊勢物語(西谷元夫著、1986年6月)
★必読古典6/伊勢物語(西谷元夫著、1990年7月)

なお接続助詞説の場合、未然形接続とする人(橘誠、小西宏、雨海博洋、野口博久等)と連用形接続とする人(日栄社編集所、奥野光恵、西谷元夫)とがいる。

三ツ木徳彦は係助詞としながら未然形接続としているが、これは明らかに誤り。

また古語辞典で『は』という接続助詞を認めているのは「明解古語辞典」・「新明解古語辞典」・「ベネッセ全訳コンパクト古語辞典」(いずれも未然形接続とする)、また「古語林」には一説として未然形接続の接続助詞『は』を認める説もあると書かれている。
連用形接続の接続助詞『は』を認めている古語辞典は無かった。

古語辞典比較〜「涅」と「黒し」

岩波古語辞典(大野晋佐竹昭広・前田金五郎編、岩波書店)の初版(1974年12月)と補訂版(1990年2月)とで記述に違いがあるのに気づいたのは、『涅』と『黒し』の項目だった。


❂初版

くり【涅】《クロ(黒)と同根》
水中の黒い土。染料とする。「金の━━に黒まず、蓮の水に染まぬ如くなり」〈沙石集ニノ四〉。「涅、唐韻云、水中黒土也……久利」〈和名抄〉

くろ・し【黒し】〘形ク〙
①色が黒い。「ぬばたまの━━・き御衣(みけし)を」〈記歌謡四〉。「若かりし膚も皺みぬ━━・かりし髪も白けぬ」〈万1740〉
②不正である。「きのふけふ入学して━━・しあかしの悟りなきが」〈宇津保 祭使〉
③きたない。卑怯である。「孫次郎は━━・きふるまひかな」〈蒲生軍記六〉▷アクセントを考慮すると、クリ(涅)と同根で、クラ(暗)・クレ(暮)とは語源的に別か。✟ kurosi


❂補訂版

くり【涅】
水中の黒い土。染料とする。「金の━━に黒まず、蓮の水に染まぬ如くなり」〈沙石集ニノ四〉。「涅、唐韻云、水中黒土也……久利」〈和名抄〉

くろ・し【黒し】〘形ク〙
①色が黒い。「ぬばたまの━━・き御衣(みけし)を」〈記歌謡四〉。「若かりし膚も皺みぬ━━・かりし髪も白けぬ」〈万1740〉
②不正である。「きのふけふ入学して━━・しあかしの悟りなきが」〈宇津保 祭使〉
③きたない。卑怯である。「孫次郎は━━・きふるまひかな」〈蒲生軍記六〉✟ kurosi


初版の『涅』の項にあった「《クロ(黒)と同根》」と、『黒し』の項にあった「▷アクセントを考慮すると、クリ(涅)と同根で、クラ(暗)・クレ(暮)とは語源的に別か。」の部分が削除されている。
ただ削除されてはいるのだが、「クラ(暗)・クレ(暮)と同語源」と記しているわけでも無いので、完全に通説に乗換えたということではなくて「涅語源説」は保留しておくことにしたということなのだろう。



他の古語辞典での記述は以下の通り。

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❂明解古語辞典/改訂版(金田一春彦編修主任、1953年4月、三省堂

くり【涅】(名)水の中にある黒い土。黒色の染料として用いる。
「金の(=ガ)━━に黒まず、蓮の水に染まぬごとくなり」〔沙石集〕

《「黒し」の項目無し》

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❂基本古語辞典(小西甚一編、1966年3月編、大修館書店)

《「涅」の項目無し》

《「黒し」の項目無し》

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❂時代別国語大辞典上代編(上代語辞典編修委員会編、1967年12月、三省堂

くり[涅](名)水中の黒土。黒色。クリソメの語があるのは、染料として用いられたものか。「皀(くり)ソメノ御衣三具」(天武紀朱鳥元年)
「黓 久利、烏色也」(新撰字鏡)「涅 久理、水中黒土也」(和名抄)

くろし[黒]〈※ロは甲類〉(形ク)
黒い。暗シと語根を等しくし、それが明るさに対するくらさを表わすのに対して、これは色をいう。「ぬばたまの久路岐御衣をま具(ツブ)さに取り装(ヨソ)ひ」(記神代)
「蜷(ミナ)の腸(ワタ)か具漏伎髪にいつの間か霜の零りけむ」(万804)
「若かりしはだも皺みぬ黒有(くろかり)し髪も白けぬ」(万1740)
「駒造る土師の志婢(シビ)麻呂白くあればうべ欲しからむその黒(くろき)色を」(万3845)
天皇勅、追₂聚於此村₁、悉皆斬死、故曰₂臭江₁ト、其血黒(くろく)流、故号₂黒川₁」(播磨風土記賀毛郡)
「有₂黒田村₁、土体色黒(くろし)、故云₂黒田₁」(出雲風土記意宇郡)
「其ノ色ハ玄(くろく)紺ナリ」(石山寺法華経玄賛淳祐古点)

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❂新訂/詳解古語辞典(佐藤定義編、1972年11月、明治書院

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】(形ク)
①黒い色をしている。
「名残なう━━・きうちき重ねて」〈源・末摘花〉
②(濃紫・褐色・鈍色など)黒に近い色をしている。
「常よりも━━・き御よそひにやつし給へる御かたち」〈源・薄雲〉
⦿「黒き衣(きぬ)」は喪服の意に用いる。

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❂新明解古語辞典/第二版(金田一春彦編者代表、1972年12月、三省堂

くり【涅】(名)水の中によどんだ黒い土。黒色の染料として用いる。
「金の(=ガ)━━に黒まず、蓮の水に染まぬごとくなり」〔沙石2〕

《「黒し」の項目無し》

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❂例解古語辞典/第二版(佐伯梅友・森野宗明・小松英雄編、1980年1月、三省堂

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】(形ク)
❶黒の色である。(色が)黒い。
❷腹黒い。不正である。
[用例]
❶(a)「梶原(=人名)が賜はったるするすみ(=馬ノ名)も、(中略)まことに━━・かりければ、摺る墨と付けられたり」〔平家九・宇治川先陣〕
 (b)「病深きと見えて、面は黄に、肌は━━・く痩せ」〔雨月・菊花の約〕

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❂全訳古語例解辞典/第三版(北原保雄編、1987年1月、小学館

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】〔形ク〕
❶色が黒い。
❷正しくない。悪い。
[例]昨日今日入学して、━━・し赤しの悟りなきが」〈宇津保・祭の使〉
[訳]つい最近大学寮に入学して、まだ悪い良いの判断も十分にはできないけれど。

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三省堂セレクト古語辞典(桑原博洋編、1987年12月、三省堂

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】(形ク)
❶黒い
[用例]「黒きものを引き散らしたるやうに」〈枕〉
[訳]黒いものを散らしたように。
❷不正である
[用例]「昨日今日入学して、くろしあかしの悟りなきが」〈宇津保〉
[訳]昨日今日入学して、正・不正もわからない者が。

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❂角川必携古語辞典(山田俊雄・吉川泰雄編、1988年11月、角川書店

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】形ク
❶黒い。「ぬばたまの━━・き御衣(みけし)を」〔記謡・四〕「色━━・う憎げなる女の」〔枕・105〕(※古典大系109段「見ぐるしきもの」)
❷心が正しくない。腹黒い。「━━・しあかしの悟りなきが」〔宇津保・祭の使〕

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❂旺文社全訳古語辞典/第三版(宮腰賢・桜井満・石井正己・小田勝編、1990年11月、旺文社)

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】(形ク)
❶色が黒い。
[万葉九・1744](※古典大系では1740)
「━━・かりし髪も白けぬ」
[訳]黒かった髪も白くなった。
❷悪い。正しくない。
〔宇津保〕祭の使『昨日今日入学して、━━・し赤しの悟りなきが」
[訳]昨日今日(勧学院に)入学して、(まだ)悪いよいの分別もつかない者が。

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❂全訳用例古語辞典ビジュアル版(金田一春彦監修、菅野雅雄・中村幸弘編、1996年12月、学研)

《「涅」の項目無し》

《「黒し」の項目無し》

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❂古語林(林巨樹・安藤千鶴子編、1997年11月、大修館書店)

くり【涅】〘名〙水底の黒土。黒色の染料に用いる。また、その色。
[例]金(こがね)の涅に黒まず、蓮(はちす)の水に染まぬがごとくなり〈沙石・二〉

くろ・し【黒し】〘形ク〙
❶色が黒い。また、黒っぽく暗い。
[例]くろかりし髪も白けぬ〈万・九〉
❷正しくない。
[例]きのふけふ入学してくろしあかしの悟りなきが〈宇津保・祭の使〉

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❂ベネッセ全訳コンパクト古語辞典(中村幸弘編、1999年11月、ベネッセコーポレーション

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】[形容詞][ク]
❶黒い。黒い色をしている。
❷公正でない。汚れている。汚い。卑怯だ。 

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三省堂詳説古語辞典(秋山虔渡辺実編、2000年1月、三省堂

くり【涅】[名]水の底によどんでいる黒い土。染料に使う。また、その色。

くろ・し【黒し】[形ク]
❶色が黒い。
❷公明でない。悪い。
[例]「昨日今日〔大学ニ〕入学して、黒・し赤しの悟りなきが」〈宇津保・祭の使〉

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❂東書最新全訳古語辞典(三角洋一・小町谷照彦編、2006年1月、東京書籍)

《「涅」の項目無し》

くろ・し【黒し】[形][ク]
❶色が黒い。
[例]「くろくきたなき身を肩抜ぎて」〈徒然・175〉
[訳]「(年を取った法師が酔って)色が黒くて汚い体を(上半身だけ)服を脱いで(肌を見せて)」
❷正しくない。悪い。
[例]「昨日今日入学して、くろし赤しの悟りなきが」〈宇津保・祭の使〉
[訳]「きのうきょう(勧学院に)入学して、正しくないと正しい(=善悪)の区別もできない者が」

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なお、クリ(涅)とクロ(黒)を同源とする仮説は有坂秀世の「母音交替の法則について」(1934年9月、「音聲學協會會報」第三十四號収載)において既に述べられており、大野晋氏の創見という訳では無い。

アクセントについては「類聚名義抄四種声点付和訓集成」(望月郁子編、1974年3月、笠間書院)で見ると下記の通りだった。

久利……涅[平上]図書寮本
クリ……涅[平平]鎮国守国神社本
久利都知……涅[平平平平]図書寮本
クリツチ……涅[平平平平]鎮国守国神社本
クリニス……泥[平上上上]鎮国守国神社本
クロシ……黒[平平]観智院本
クロシ……黔[平平]観智院本
クロシ……黎[平]観智院本
クロツチ……壚[平平平平]観智院本
クラシ……暗[上上]高山寺
クラシ……暗[上上]観智院本
クラシ……冥[上上]観智院本

『ならなくに』の品詞分解

伊勢物語初段に出てくる源融の歌「みちのくの忍もぢずりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに」の第五句「我ならなくに」の『ならなくに』の部分の品詞分解について考えてみたい。

まずは参考書を見てみる。

★橘誠著「伊勢物語の文法と解釈」(1957年11月初版、学燈社
日栄社編集所著「要説伊勢物語」(1964年5月初版、日栄社)
★三ツ木徳彦著「文法詳解伊勢物語精釈」(1965年5月初版、中道館)
日栄社編集所著「文法解説伊勢物語」(1973年4月初版、日栄社)
★野口博久・関恒延・中野猛著「武蔵野古典学習講座②/伊勢物語」(1978年5月、武蔵野書院
★原国人著「文法鑑賞伊勢物語新解釈」(1979年5月、有精堂)
★塚田義房著「VITALS SERIES 9/伊勢物語解釈の基礎」(1986年3月、研数書院)
★西谷元夫著「精選古典14/伊勢物語」1986年6月、有朋堂)

なら……助動詞、断定、未然
な……助動詞、打消、未然
く……(名詞化する)接尾語
に……接続助詞

★春山要子著「古典新釈シリーズ4/伊勢物語」(1984年10月初版、中道館)
日栄社編集所著「新・要説伊勢物語」(1998年7月初版、日栄社)

なら……助動詞、断定、未然
な……助動詞、打消、未然
く……準体助詞
に……接続助詞

★長瀬治著「文法詳解伊勢物語精解」(1958年4月初版、加藤中道館)

なら……助動詞、断定、未然
なく……準体言
に……接続助詞

★雨海博洋著「文法全解伊勢物語」(1969年1月初版、旺文社)

なら……助動詞、断定、未然
な……助動詞、打消、未然
く……(体言化する)接尾語
に……終助詞

★奥野光恵著「国語 Ⅰ シリーズ3/伊勢物語」(1982年5月初版、中道館)

なら……助動詞、断定、未然
な……助動詞、打消、未然
く……準体助詞
に……終助詞

★此島正年著「伊勢物語要解/改訂版」(1955年初版改訂版初版発行年次不明、有精堂)
★小西宏著「ニューメソッド国文対訳シリーズ1/伊勢物語」(1961年4月初版、評論社)
★郷衡・田尻嘉信著「明解シリーズ19/伊勢物語」(1972年11月初版、有朋堂)

なら……助動詞、断定、未然
なく……準体言
に……終助詞

★伴久美著「文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞」(1958年5月初版、有精堂)

なら……助動詞、断定、未然
な……助動詞、打消、未然
く……(体言化する)接尾語
に……格助詞


『なら』を「助動詞、断定、未然』とする点では総ての参考書が一致しているが、『なく』及び『に』に関しては見解が分かれているようだ。

さらに校注書ではどう書かれているか見てみよう。

★南波浩校註「日本古典全書/伊勢物語」(1960年7月初版、朝日新聞社
★森本茂著「伊勢物語全釈」(1973年7月、大学堂書店)
★中野幸一・春田裕之著「伊勢物語全釈」(1983年7月初版、武蔵野書院

な……助動詞、打消、未然
く……(体言化する)接尾語
に……接続助詞

★小沢正夫校注「日本古典文学全集7/古今和歌集」(1971年4月初版、小学館
★福井貞助校注「日本古典文学全集8/伊勢物語」(1972年12月初版、小学館

な……助動詞、打消、未然
く……準体助詞
に……間投助詞

校注本では特に『に』を助詞とのみ記す本が多く、きちんと品詞分解しているのは上記の書ぐらいだった。

さらに古語辞典を見てみる。

山田俊雄・吉川泰雄編「角川必携古語辞典」(1988年11月初版、角川書店
林巨樹・安藤千鶴子編「古語林」(1997年11月初版、大修館書店)

な……助動詞、打消、未然
く……接尾語
に……接続助詞

★佐藤定義編「新訂/詳解古語辞典」(1972年11月、明治書院

な……助動詞、打消、未然
く……接尾語
に……間投助詞

佐伯梅友・森野宗明・小松英雄編「例解古語辞典/第二版」(1980年1月初版1985年1月2版、三省堂
★桑原博史編「三省堂セレクト古語辞典」(1987年12月初版、三省堂

な……助動詞、打消、未然
く……準体助詞
に……間投助詞

北原保雄編「全訳古語例解辞典/第三版」(1987万1月初版1998年1月3版、小学館
秋山虔渡辺実編「三省堂詳説古語辞典」(2000年1月、三省堂

な……助動詞、打消、未然
く……準体助詞
に……格助詞

古語辞典も『に』を「助詞」とのみ記したもの、『に』については諸説あるとのみ記して見解を明らかにしていない辞書がいくつかあり、それらは割愛した。



『なく』についても見解が分かれているようだが、ここでは『に』について考えたい。

『に』を助詞とすることではほぼ一致しているようだが、どの助詞とするかでは以下のように見解が分かれている。

【格助詞】
★伴久美著「文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞」(1958年5月初版、有精堂)
北原保雄編「全訳古語例解辞典/第三版」(1987万1月初版1998年1月3版、小学館
秋山虔渡辺実編「三省堂詳説古語辞典」(2000年1月、三省堂

【接続助詞】
★橘誠著「伊勢物語の文法と解釈」(1957年11月初版、学燈社
★長瀬治著「文法詳解伊勢物語精解」(1958年4月初版、加藤中道館)
★南波浩校註「日本古典全書/伊勢物語」(1960年7月初版、朝日新聞社
日栄社編集所著「要説伊勢物語」(1964年5月初版、日栄社)
★三ツ木徳彦著「文法詳解伊勢物語精釈」(1965年5月初版、中道館)
日栄社編集所著「文法解説伊勢物語」(1973年4月初版、日栄社)
★森本茂著「伊勢物語全釈」(1973年7月、大学堂書店)
★野口博久・関恒延・中野猛著「武蔵野古典学習講座②/伊勢物語」(1978年5月、武蔵野書院
★原国人著「文法鑑賞伊勢物語新解釈」(1979年5月、有精堂)
★中野幸一・春田裕之著「伊勢物語全釈」(1983年7月初版、武蔵野書院
★春山要子著「古典新釈シリーズ4/伊勢物語」(1984年10月初版、中道館)
★塚田義房著「VITALS SERIES 9/伊勢物語解釈の基礎」(1986年3月、研数書院)
★西谷元夫著「精選古典14/伊勢物語」1986年6月、有朋堂)
山田俊雄・吉川泰雄編「角川必携古語辞典」(1988年11月初版、角川書店
林巨樹・安藤千鶴子編「古語林」(1997年11月初版、大修館書店)
日栄社編集所著「新・要説伊勢物語」(1998年7月初版、日栄社)

【終助詞】
★此島正年著「伊勢物語要解/改訂版」(1955年初版改訂版初版発行年次不明、有精堂)
★小西宏著「ニューメソッド国文対訳シリーズ1/伊勢物語」(1961年4月初版、評論社)
★雨海博洋著「文法全解伊勢物語」(1969年1月初版、旺文社)
★郷衡・田尻嘉信著「明解シリーズ19/伊勢物語」(1972年11月初版、有朋堂)
★奥野光恵著「国語 Ⅰ シリーズ3/伊勢物語」(1982年5月初版、中道館)

【間投助詞】
★小沢正夫校注「日本古典文学全集7/古今和歌集」(1971年4月初版、小学館
★佐藤定義編「新訂/詳解古語辞典」(1972年11月、明治書院
★福井貞助校注「日本古典文学全集8/伊勢物語」(1972年12月初版、小学館
佐伯梅友・森野宗明・小松英雄編「例解古語辞典/第二版」(1980年1月初版1985年1月2版、三省堂
★桑原博史編「三省堂セレクト古語辞典」(1987年12月初版、三省堂


「新訂詳解古語辞典」には《接続助詞の『に』は活用語の連体形に接続し、終助詞の『に』は動詞の未然形に接続する》とあり、接続の点で接続助詞・終助詞はまず無いと思う。
接続から言えば格助詞か間投助詞だが、ここでは詠嘆の意が含まれることを考えると間投助詞とするのが妥当ではなかろうか。



なお古語辞典で間投助詞『に』を立てていない辞書も多く、間投助詞『に』を立てている辞書は以下の通りだった。

金田一春彦編修主任「明解古語辞典/改訂版」(1953年4月初版1958年改訂版、三省堂
★佐藤定義編「新訂/詳解古語辞典」(1972年11月初版1982年新訂版、明治書院
佐伯梅友・森野宗明・小松英雄編「例解古語辞典/第二版」(1980年1月初版1985年1月2版、三省堂
★桑原博史編「三省堂セレクト古語辞典」(1987年12月、三省堂
★宮腰賢・桜井満・石井正己・小田勝編「旺文社全訳古語辞典/第三版」(1990年11月初版2003年10月3版、旺文社)
《「明解古語辞典」では「感動助詞(間投助詞)」の『に』を立てているが、「新明解古語辞典」では新たに並立助詞『に』を立てる一方「感動助詞『に』」は削除している》

古語辞典比較~にしきぎ(錦木)の記述

「明解古語辞典」で一つだけ金田一京助氏が書いた項目があって、それが『にしきぎ(錦木)』なのだと言う。春彦氏は京助氏が書くと随筆になってしまうので辞書の編纂は京助氏には向かないと述べていたそうだが、さて春彦氏の指摘は的中しているかどうか。


★「明解古語辞典/改訂版」

にしきぎ【錦木】(名)みちのくのえびすにあった風習で、男が思う女へ、手紙をやる代りに女の家の戸へ立てたという、三〇センチばかりの木の棒。もし女が承知ならばそれを内へ取り入れ、不承知ならば取り入れないが、懲りずに三年の間立て続けて、千束にも及ぶと、実意があるものとしてたいてい承知したという。今のアイヌの削り花などのようなものであったか。
「思ひかねけふ立て初むる━━の」〔詞花〕。

★「新明解古語辞典/第二版」

にしきぎ【錦木】(名)今の奥羽地方にあった風習。男が思う女へ手紙をやる代わりに、女の家の戸へ立てたという、三〇センチばかりの木の棒。もし女が承知ならばそれを内へ取り入れ、不承知ならば取り入れないが、懲りずに三年の間立て続けて、千束にも及ぶと、実意があるものとしてたいてい承知したという。
「思ひかねけふ立て初むる━━の千束(ちづか)もまたで逢ふ由もがな」〔詞花・恋上〕
[参考]アイヌ人の用いる「削り花」のようなものであったかと思われる。



他の辞書では。

★「岩波古語辞典/補訂版」

にしきぎ【錦木】陸奥地方で、男の恋心を示すために女の家の門口に立てたという木片。
「━━の千束(ちづか)も待たで逢ふよしもがな」〈詞花190〉。
陸奥国の奥の夷(えびす)は、男、女をよばはんとする時、文をやることはなくて、一尺ばかりなる木をまだらに色取りて其の女の家の門に立つるに、逢はむと思ふ男なれば、其の━━を程なく取り入れつ、遅く取り入るれば、しひてなほ立てて、千束をかぎりに立つれば、まことに心ざしありけりとて、其の時に取り入れて逢ふといへり」〈袖中抄18〉

★「古語林」

にしきぎ【錦木】〔名〕陸奥(現在の東北地方)の風習で、男性が思いを寄せる女性の家の門に立てたという、五色に彩った木の棒。女性がそれを家に入れると、男性を受け入れるしるしとされた。
[例]錦木は立てながらこそ朽ちにけれ〈後拾遺・恋一〉

三省堂詳説古語辞典

にしきぎ【錦木】[名]陸奥の風習で、男が思いを寄せる女の家の門に立てた、一尺(約三〇センチメートル)ほどの五色に彩色した木のこと。女が男の思いを承諾すれば家中に取り入れられるが、取り入れられないと男は毎日一束ずつ重ね、千束になるまで誠意を示したという。


❄項目を立てている辞書が少なく、「明解」「新明解」以外では三種の古語辞典のみだった。
内容はどの辞書も袖中抄をなぞったような記述だが、「明解」「新明解」がアイヌの風習との関連を述べているのが金田一京助らしさが出ているか。

助動詞『り』について⑦まとめ

助動詞『り』について⑥
http://nobinyanmikeko.hatenadiary.jp/entry/2018/06/19/165844




以上見てきた各古語辞典の記述をまとめると、こんな感じになる。

【四段動詞の場合】
★命令形接続とする辞典
 ・「基本古語辞典/改訂版」
  (小西甚一編、1966年3月初版1969年11月改訂
   版、大修館書店)
 ・「時代別国語大辞典/上代編」
  (上代語辞典編修委員会編、代表澤瀉久孝、
   1967年12月、三省堂
 ・「岩波古語辞典/補訂版」
  (大野晋他編、1974年12月初版1990年2月補訂
   版、岩波書店
 ・「例解古語辞典/第二版」
  (小松英雄他編、1980年1月初版1985年1月2
   版、三省堂
 ・「全訳古語例解辞典/第三版」
  (北原保雄編、1987年1月初版1998年1月3版、
   小学館
 ・「三省堂セレクト古語辞典」
  (桑原博史編、1987年12月、三省堂

★命令形接続だが已然形接続説もあるとする辞典
 ・「新訂/詳解古語辞典」
  (佐藤定義編、1972年11月初版1982年10月新
   訂版、明治書院
 ・「角川必携古語辞典」
  (山田俊雄他編、1988年11月、角川書店
 ・「古語林」
  (林巨樹他編、1997年11月、大修館書店)
 ・「東書最新全訳古語辞典」
  (三角洋一他編、2006年1月、東京書籍)

上代は命令形接続、中古以後は已然形接続とする辞典
 ・「旺文社全訳古語辞典/第三版」
  (宮腰賢他編、1990年11月初版2003年10月3
   版、旺文社)
 ・「全訳用例古語辞典ビジュアル版/第二版」
  (菅野雅雄他編、1996年12月初版2002年12月
   2版、学研)
 ・「ベネッセ全訳コンパクト古語辞典」
  (中村幸弘編、1999年11月、ベネッセコーポ
   レーション)
 ・「三省堂詳説古語辞典」
  (渡辺実他編、2001年1月、三省堂

★エ段に接続するとする辞典
 ・「明解古語辞典/改訂版」
  (金田一春彦編修主任、1953年4月初版1958年
   3月改訂版、三省堂
 ・「新明解古語辞典/第二版」
  (金田一春彦編者代表、1972年12月初版1977
   年12月2版、三省堂


【サ変動詞の場合】
★命令形接続とする辞典
 ・「基本古語辞典/改訂版」
 ・「岩波古語辞典/補訂版」

上代は命令形接続、中古以後は未然形接続とする辞典
 ・「旺文社全訳古語辞典/第三版」

★未然形接続だが命令形接続説もあるとする辞典
 ・「新訂/詳解古語辞典」
 ・「角川必携古語辞典」
 ・「古語林」

★未然形接続とする辞典
 ・「時代別国語大辞典/上代編」
 ・「例解古語辞典/第二版」
 ・「全訳古語例解辞典/第三版」
 ・「三省堂セレクト古語辞典」
 ・「全訳用例古語辞典ビジュアル版/第二版」
 ・「ベネッセ全訳コンパクト古語辞典」
 ・「三省堂詳説古語辞典」
 ・「東書最新全訳古語辞典」

★エ段に接続するとする辞典
 ・「明解古語辞典/改訂版」
 ・「新明解古語辞典/第二版」


次に参考書の場合を見てみる。
伊勢物語関係の参考書で、
①9段の「雪いとしろうふれり」
②69段の「ちひさきわらはをさきにたてゝ人たてり」
③82段の「やまとうたにかゝれりけり」
の三箇所の品詞分解を見ると以下の通りだった。

★三箇所すべて已然形接続とする参考書
 ・「伊勢物語要解/改訂版」
  (此島正年著、1955年初版改訂版発行年次不
   明、有精堂)
 ・「伊勢物語の文法と解釈」
  (橘誠著、1957年11月、学燈社
 ・「文法詳解伊勢物語精解」
  (長瀬治著、1958年4月、加藤中道館)
 ・「文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞」
  (伴久美著、1958年5月、有精堂)
 ・「ニューメソッド国文対訳シリーズ1/伊勢物
  語」
  (小西宏著、1961年4月、評論社)
 ・「文法詳解伊勢物語精釈」
  (三ツ木徳彦著、1963年5月、中道館)
 ・「文法全解伊勢物語
  (雨海博洋著、1969年、旺文社)  
 ・「明解シリーズ19/伊勢物語/増補版」
  (郷衡他著、1972年初版増補版発行年次不
   明、有朋堂)
 ・「精選古典14/伊勢物語/増補版」
  (西谷元夫著、1986年6月初版増補版発行年次
   不明、有朋堂)

★69段が収録されていないか品詞分解が記述されていないが9段・82段はいずれも已然形接続とする参考書
 ・「要説伊勢物語
  (日栄社編集所著、1964年5月、日栄社)
 ・「文法解説伊勢物語/改訂版」
  (日栄社編集所著、1973年4月初版改訂版発行
   年次不明、日栄社)
 ・「武蔵野古典学習講座②/伊勢物語
  (野口博久他著、1978年5月、武蔵野書院
 ・「国語 Ⅰ シリーズ3/伊勢物語
  (奥野光恵著、1982年5月、中道館)
 ・「必読古典伊勢物語
  (西谷元夫著、1990年7月、有朋堂)
 ・「新明解古典シリーズ3/伊勢物語
  (小原孝著、1990年9月、三省堂
 ・「新・要説伊勢物語
  (日栄社編集所著、1998年7月、日栄社)

★9段の品詞分解が記述されていないが69段・82段はいずれも已然形接続とする参考書
 ・「VITALS SERIES 9/伊勢物語解釈の基礎」
  (塚田義房著、1986年3月、研数書院)

★三箇所すべて命令形接続とする参考書
 ・「文法鑑賞伊勢物語新解釈」
  (原国人著、1979年4月、有精堂)
 ・「古典新釈シリーズ4/伊勢物語
  (春山要子著、1984年10月、中道館)

また伊勢物語の索引では「伊勢物語に就きての研究/補遺・索引・図録篇」(索引:伴久美著、1961年12月、有精堂)は命令形、「伊勢物語総索引」(大野晋・辛島稔子編、1972年5月、明治書院)は已然形としている。
《※伴久美氏は「文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞」では已然形接続としているが「伊勢物語に就きての研究/索引篇」では命令形接続としている。刊行が索引の方が3年後なので、その間に考えを変えたのか、あるいは高校生向けの参考書と研究者向けの索引でスタンスを使い分けたのか。
また大野晋氏は「岩波古語辞典」で命令形接続としているが「伊勢物語総索引」は已然形接続となっている。この点から見ても「伊勢物語総索引」は実質辛島稔子氏の編と考えて良いと思う。》


辞書では命令形接続説が多いが、参考書は已然形接続説のものが多い。ただ最初に引用した小松英雄氏のように「り」を助動詞とせずにラ変動詞の一部と考えるのが私は一番合理的な解釈と思うが。