つらつら思うこと

特にテーマは決めずに書きます

伊勢物語40段《すける物思ひ》はどう訳されているか

伊勢物語の現代語訳が訳者によってどう違うかを比較してみるのも面白かろうと思う。

著作権の問題もあるので第40段《すける物思ひ》だけ比較してみよう。


【原文】(天福本、歴史的仮名遣に変換)
昔、わかきをとこ、けしうはあらぬ女を思ひけり。さかしらするおやありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへおひやらむとす。さこそいへ、まだおひやらず。人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とゞむるいきほひなし。女もいやしければ、すまふちからなし。さるあひだに、思ひはいやまさりにまさる。にはかにおやこの女をおひうつ。をとこ、ちのなみだをながせども、とゞむるよしなし。ゐていでていぬ。をとこ、なく\/よめる。
  いでていなば誰か別れのかたからん
  ありしにまさるけふはかなしも
とよみてたえいりにけり。おやあわてにけり。猶思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじとおもふに、しんじちにたえいりにければ、まどひて願たてけり。けふのいりあひ許にたえいりて、又の日のいぬの時ばかりになんからうじていきいでたりける。むかしのわか人は、さるすける物思ひをなんしける。いまのおきな、まさにしなむや。



吉井勇[新訳絵入伊勢物語]1917年・阿蘭陀書房】
《※この本の底本は明記されていないが塗籠本系に近い本か。2011年刊の覆刻版(国書刊行会)に拠ったので現代仮名遣になっている》
往昔(むかし)、ある男が自分の家の婢(はしため)を、憎からず思って恋したことがあった。そうするとその男の親というのは、とかくに賢人顔をしたがる人達で、もしもこうやっているうちに、離れられなくなるような執着ができてはならないというので、女を他所(よそ)へ追いやろうとした。しかし、思い切ってそうもできないので、そのまま時をすごしていたが、男はまだ親がかりの身の上なので、強いて女を留めておくだけの力もなく、また、女も卑しい婢のことだから、これとてもどうすることも出来なかった。そのうちに二人の恋は、だんだん深くなってゆくばかりであった。
親たちはもう打ち捨てて置けなくなったので、急に女を追い出してしまった。男は血を吐くような思いであるが、親がかりの身の悲しさは、女を引きとめる術もない。親たちは女に召し使いの者をつけて、途中まで送っていかせたが女はその人に言伝てて、男のところへこんな歌をよこした。

 いずこまで 送りはしつと 人問はば
 あかぬわかれの 涙川まで

男はこの歌を見て涙を流した。そうして、

 厭ひては 誰かわかれの かたからむ
 ありしにまさる 今日は悲しも

という歌を詠んで、悲嘆のあまり気を失ってしまった。親たちはこんなことになろうとは思わなかったので、慌てて男を抱き起こしてみると、本当に息が絶えていたので、驚いて神仏に祈ったりした。彼はその日の黄昏時から息が絶えて、明くる日の夜の八時ごろに、ようよう蘇生してわれに返ることができたのであった。
昔の若い人は情けが深かったから、恋のためにこんな苦しい思いまでしたのである。今はいくら情けの深い老人でも、こんなことはしないであろう。


中河与一[角川文庫]1953年】
《※この本は藤井高尚「伊勢物語新釈」本文を底本にしているとのことで、定家本には出てこない歌もある。後述の伝民部卿局筆本など塗籠本系に近い本のようだ。戦後に書かれたものだが仮名遣は歴史的仮名遣になっている》
むかし、或る男が自分の親のうちで使つてゐる娘で、餘り惡くはないといふ程度の少女を愛するやうになつた。ところがその男には利口ぶる親があつてこのまゝにしておけば、二人は思ひあつて、離れられない仲になるかもしれないと案じて、この少女をよそに追ひやらうとした。さうは思ふものの暫くそのまゝにして様子を見てゐた。
男も親がかりの身であるから、親に反對するほどの元氣もなく、親のすることを止める事も出來なかつた。少女はいやしい召し使ひの身分であるから、勿論主人の命令にさからふほどの力もなかつた。さうしてゐるうちに二人の思ひは益ゝ深くなるばかりであつた。そこで親は急にこの少女を家から追ひだした。男は血の淚をながして歎いたが、少女を引きとめる方法もなかつた。やがて少女は人につれられて家を出て行つた。少女は自分を送つて來て歸つてゆく人にことづけて

 どこまで送つて行つたかと
 あの人がお尋ねになつたなら
 飽も飽かれもせぬ別れの悲しさに
 私のながす淚川のほとりまで送つた

とどうぞ御つたへして下さいませ。

それをよんで男も泣く泣く詠んだ。

 いやで別れるのなら何んでもないが
 無理にさかれた今日の離別
 苦しい戀をしてゐた時よりも
 それはもつと一層悲しかつた。

と歌つて男は氣絶してしまつた。それを見た親は非常にあわてた。平生からたかをくくつて口やかましく叱つてゐたが、まさかこんなことにならうとは思はなかつたのに、本當に息が絶えてしまつたので、親は大騒ぎをして、神佛に願をたてて祈つた。すると今日の夕方氣絶したものが翌日の夜の八時ごろになつてやつと息をふきかへした。
昔の若い人達はこんなに命をうち込んだ戀愛をしたものである。當世は年輩の人でもこんな純情なことは出來まい。


【大津有一[現代語譯日本古典文學全集]1954年・河出書房】
昔、まだ若い男が、召使の中の一寸美しい女に思をかけて居りました。ところが分別臭い親が居て、深く執心しては大變だと思って、この女を外へ追いやろうとしました。そうは云ってもまだ追い出さずにいたのです。男は親掛りの子供のこととて、自分の気持を云い張る気力もなかったので、親が女を追い出すのを止める元氣もありません。女もまた召使の賤しい身分ですから無論抵抗する力などありません。そうこうして居る中に、お互の思慕の情はいよいよ募って參ります。と急に親がこの女を追い出しました。男は血の淚を流しましたが、止める術もありませんでした。他の召使がこの女を連れ去ってしまいました。男は泣く泣く、

 出でていなば誰か別の難からむありしにまさる今日は悲しも(自分から出てゆくのならば、誰が別れ難い思いをしましょうか。親に追い出されて行く別れなのですから、今日は追い出す追い出すとおどかしたあの時にもまして一入(ママ、『一層』の誤植?)つらく悲しく思われます。

と詠んで、悲歎のあまり氣を失ってしまいました。親は大へんにあわてました。矢張子供の前途を思って云ったので、まさかこれ程のこともあるまいと思ったのに、本當に氣を失ってしまったので、うろたえて願など立てたのです。今日の日暮頃に息が絶えて、翌日の戌の刻今なら午後八時頃になって、やっとのことで息を吹き返しました。昔の若い者はこうした思い詰めた命がけの戀をしたものです。今の翁は戀のために死ぬようなことはありますまい。


【此島正年[伊勢物語要解]1955年・有精堂】
《1985年改訂版》
昔、若い男が、悪くはない女を思った。(ところがこの男には)利口ぶったおせっかいをする親があって、(このままにしておいては、深い)思いもつきかねないというので、この女をほか〈ママ〉追いやろうとする。そうはいえ、まだ追いやらない。(男は)親がかりの子なので、まだ気魄が無かったから、(それを)止める勢が無い。女も賤しかったので、争う力が無い。そうしている間に、思いはいよ\/増すばかりである。にわかに親はこの女を追い出す。男は血の涙を流すけれども、止める方法が無い。(女を)連れて出て行ってしまう。男が泣く泣くよんだ歌、

 (女が自ら)出て行ったならば誰が別の難いことがあろうか。(しかし自分のばあいはそうではなく、女も無理に連れて行かれたので)以前にまさる今日は悲しいことだなあ。

と詠んで息絶えてしまった。親はあわててしまった。やはり(せがれは女を)思ってこそ(あのように)いったんだなあ(しかし)ひどくこれほどでもあるまいと思ったのに、ほんとうに息絶えてしまったので、うろ\/して(息子が生き返るように、神仏への)願を立てた。今日の日没時ごろに息絶えて、翌日の夜八時頃にやっと生きかえったのであった。昔の若人はそのようなひたむきな物思いをしたのである。今の大人がどうして(物思いで)死ぬだろうか(死にはしない)。
  

【池田亀鑑[学燈文庫]1956年】
むかし、若い男がいた。わるくはない女を愛するようになった。賢(かしこ)だてをする親がいて男の愛情が深まるとよくないと思って、この女を家からほかに逐い出そうとした。そうはいうものの、不愍であるので、まだ逐い出さない。男は親の世話になっている分際であるので、まだ反対する気力もなかったので、それを止めるだけの力もない。女もいやしい身分なので、あらがう力がない。そうしている中に、お互いの愛情はいよいよ深まって行く。俄に親はこの女を追い出すことにした。男は血の涙を流して悲しみ泣いたけれども、引き止めるてだてもない。とうとう親の命令をうけた者が女をつれて家を出て行ってしまった。男は泣く泣くよんだ。

 あの子は出てしまう。私も共に家をとび出せるものなら、悲しい別れをしなくてもすむのだが。今までにこんな悲しい思いをしたことはない。

と詠んでいきが絶えてしまった。親は大いにあわててしまった。やはり息子のことを思ってこわもての意見もしたのである。まさかこれほど深く思いこんでいるのでもあるまいと思っていたところが、本当にいきが絶えてしまったので、大あわてにあわてて願を立てた。今日の日没の頃にいきが絶えて、翌日の夜八時頃にやっとのことでいきをふきかえした。むかしの若い男は、こんなはげしい恋の耽溺をしたのである。今の世のおとっつあん連中、恋死になんてできようかい。


【大津有一[日本古典鑑賞講座]1958年・角川書店
《同じ大津有一氏でも河出版現代語譯日本古典文學全集の訳とはちょっと違っている》
昔、まだ若い男が、召使の中のちよつと美しい女に思いをかけておりました。ところが分別臭い親がいて、このままにして置くと、深く執心してはたいへんだと思つて、この女を他へ追いやろうとしました。そうはいつてもまだ追い出さずにいたのです。男は何しろ親がかりの身分ですから、自分の気持を主張するだけの気力もなかつたので、親が女を追い出すのをとめる勇気もありません。女もまた卑しい召使の身ですから、無論抵抗する力などありません。そうこうしている中にも、お互の思慕の情はいよいよ募って参ります。と急に親がこの女を追い出しました。男は泣く泣く、
  
 いやになって家を出て行つたのなら、誰も別れをつらいとは思わぬでしよう。しかし追い出されて行つた別れだから、以前よりもいつそう今日は悲しく思われます。

とよんで、悲歎のあまり気を失つてしまいました。親はたいへんにあわてました。やはり子の前途を思つて言つたので、まさかこれほどのこともあるまいと思つたのに、本当に気を失つてしまつたので、うろたえて願など立てました。今日の日没ごろに息が絶えて、翌日の午後八時ごろになつて、やつとのことで息を吹き返しました。昔の若い者はこうした思いつめた命がけの恋をしたものです。今の年輩の人はこれほど真剣な恋はしないだろう、と思われます。


【中谷孝雄[古典日本文学全集7王朝物語集]1960年】
《1992年刊ちくま文庫より》
むかし、若い男が、(その家の召使の)そう悪くない女に思いをかけた。ところが男には、こざかしい親があって、男の執心の募ることをおそれ、その女をよそへ追いやろうとした。しかしそうはいっても、まだ追いやりはしなかった。男は親がかりの身分なので、まだ心に気魄というものがなかったから、親のすることをとどめる勇気も出なかった。女も身分がいやしいので、抵抗する力がない。そうこうしている間にも二人の思いはいよいよ募るばかりである。それを見て親は急にこの女を追い出した。男は血の涙を流して悲しんだが、それをとどめる手段はない。(親の命令を受けた者が)とうとう女を連れて出ていってしまった。男は泣く泣く次のように詠んだ。

(女が自分の意志で出ていくのだったら、誰もこんなに別れがたい思いはしないだろうが、親に追い出されていくのであるから、あの苦しい仲をつづけていた以前にも増して、きょうはいっそうかなしい思いをすることだ)

と詠んで気を失ってしまった。親はあわててしまった。やはり息子のことを思ってあんなにきびしく言ったのであるが、まさかこれほどまでに真剣ではあるまいと思ったのに、本当に気を失ってしまったので、どうしてよいかに迷って神仏に願をかけた。きょうの日没の頃に息が絶えて、翌日の戌の時(午後八時)ごろにやっと息をふきかえした。むかしの若者は、このように一途な恋の物思いをしたことである。今の老人くさい若者には、とてもこんなはげしい恋はできまい。


【狩野尾義衛・中田武司[伊勢物語新講]1971年・白帝社】
昔、若い男がいた。悪くない女を愛するようになった。男には、さし出口をする親がいて、このままでは、男の愛情が深まるとよくないと思って、この女をおい出そうとした。そうはいうものの、可愛そうなのでおい出さない。男は親がかりの身であるから、思いのままに反対する力もない。女も召使のいやしい身分なので、抵抗する力もない。そうしている間に、二人の愛情はまさる一方である。親が俄かに、この女をおい出すことにした。男が余りの悲しさで、血の涙を流したが、女を引き留める手だてもない。とう\/親の命令をうけた者が、女を連れ出して行ってしまった。男は泣く\/次の歌を詠んだ。

いでていなば……
 いやで自分勝手に出て行ったとしてもそれでも別れはつらい。ところが、生木を割かれるような飽かぬ別れをしてしまった今日はことさらつらく悲しいことであるなあ。

と詠んで息絶えてしまった。親はすっかりあわててしまった。子供の為を思ってあんなことをしたのであったのに、まさかこう絶え入ろうとは思いもしなかったのに、本当に息絶えたのだから、あわてて神仏に願を立てた。その日の日暮れ時息絶えて、翌日の夜八時頃にやっと息を吹き返したのだった。昔の若い者は、そんな恋死する程、思いつめた恋をしたものだ。今時のおっさん連中は、恋死などできようか。


【森野宗明[講談社文庫]1972年】
昔、まだ若い男が、(その家に奉公している)わるくはない女を好きになったのだった。分別顔に世話をやく親がいて、「深く思いこむようになるかもしれない」と思って、この女をよそへ追いはらってしまおうとする。そうはいっても、(様子をみていて)まだ、追いはらわないでいる。男は親がかりの身なので、まだ自分の意志を通すだけの勇気がなかったので、とめる力がない。女の方も、身分が低いから、(出ていくのはいやだといって)あらそう力がない。そうこうしているうちに、女を思う気持ちはますます強くなる。(これ以上はほうっておけないと思って)突然に、親が、この女を追いたてほうり出した。男は、血の涙を流して悲しんだが、とめるてだてもない。とうとうこの女をつれて出て行ってしまった。男は泣きながら、よんだ、

 出でて往なば誰か別れの難からんありしにまさる今日は悲しも(意志に反して追い出されるのではなく、自分から女が出ていってしまうのなら、それはそれであきらめがつくから、誰も、悲しいとはいえ、特に別れるのがつらいということもないかもしれない。でも、あの人はむりやりつれ去られてしまつた。つらいながらもとにかく家にはいた今までにくらべて、今日はいっそう悲しいことだ)

とよんで気を失ってしまったのだった。
親は、すっかり度を失ってしまった。「やはり、この子は、あの女のことを、ほんとうに思って結婚させてくれなどと言ったのだな。しかし、それにしても、まさか、このままでいつまでもいるわけではなかろう(すぐ息を吹きかえして、元気になるだろう)」と思っていたところ、意外にも、いつまでも気がつかず、ほんとうに息が絶えてしまったものだから、あわてふためいて、神や仏に願を立てるのだった。今日の日の入り頃に気を失って、なんと、次の日のいぬの時ほどに、やっとのことで息を吹きかえしたのだった。昔の若い連中は、そういう、みごとな色恋へのうちこみ方をしたものだったのだ。(かつてはこの若者のようだったときもあるだろうが)今のおやじ連中は、こんなふうには恋に殉じられようか、とてもではないが、できはすまい。


【福井貞助[日本古典文学全集]1972年・小学館
《1983年刊の軽装版[完訳日本の古典]より》
昔、若い男が、ちょっと人目をひく召使女を愛しいと思った。この男には、子を思うあまり、気をまわす親がいて、わが子が女に執着しては困ると思って、この女をほかへ追い出そうとする。そうは思っても、まだ追い出してはいない。男は、親がかりの身なので、まだ進んで思うままにふるまう威勢もなかったので、女をとどめる気力がない。女も身分が低い者なので、対抗する力がない。そうこうしているうちに、女への愛情はますます燃え上がる。にわかに、親が、この女を追い出した。男は、血の涙を流して悲しんだが、女を引きとどめようもない。人が女を連れて家を出た。男は、涙ながらに詠んだ。

 いでていなばたれか別れのかたからむありしにまさる今日は悲しも(自分から女が去ってゆくのなら、こんなに別れがたくも思わないだろう。無理に連れ去られるのだから、今日は、今までのつらい思いよりもいっそう悲しいことだなあ)

と詠んで、気を失ってしまった。親はうろたえてしまった。なんといっても子を思って、女と別れるように意見をしたのだ。まさか、これほどでもあるまい、と思ったところ、ほんとうに息も絶え絶えになってしまったので、狼狽して願を立てた。今日の日暮れごろに気絶して、翌日の戌の刻ごろに、やっと生き返った。昔の若者は、こんないちずな恋をしたものだ。当節の老人めいた者などに、どうしてこのような恋愛ができようか。


【森本茂「伊勢物語全釈」1973年・大学堂書店】
昔、若い男が、たいして悪くはない女を愛した。ところが、恋のさまたげをする親(男の親)がいて、女を愛する心が起こったら大変だと思って、この女をよそへ追い出そうとした。そうはいえ、まだ追い出さない。男は親に面倒をみてもらっている身分なので、まだ自分の考えをおし通す力がなかったから、親の仕打ちをやめさせる力がない。(また)身分が低いので、女も争う力がない。そうしているあいだに、(おたがいの)愛情はいよいよ勝る。(しばらくたって)急に男の親が女を追いやった。男は深い悲しみの涙を流したけれども、女を引きとどめる方法がない。召使いが女を連れて出て行った。そこで、男は泣く泣く次の歌をよんだ。

 女が自分から出て行ったのなら、誰だって別れをつらいとは思わないだろう。しかし、追い出されたのだから、以前よりいっそう今日は悲しいことよ。

とよんで、気を失ってしまった。男の親はあわててしまった。やはり女を深く愛していたからこそ、あのような歌をよんたのであったな、しかし、このまま息絶えてしまうこともないだろうと、親は思っていたのに、ほんとうに気を失ってしまったので、親はあわてて願を立てた。男は今日の夕暮れの頃に気を失って、翌日の戌の時の頃に、ようやく息をふき返した。昔の若者はこのような多感な恋の思いをしたのだった。今日の分別くさい若者は、(この男のような)ひたむきな恋の思いをしただろうか(しないだろう)。


【片桐洋一「鑑賞日本古典文学」1975年・角川書店
昔、若い男が悪くはない女をいとおしく思った。ところが、その男には、分別顔で世話をやく親があって、「ひょっとして執着してしまったら」と思って、この女を他(ほか)に追いやってしまおうとする。そうはいうものの、まだ追い出してはいない。男は親がかりの身であるので、まだ自分の意志のままに行動する力がなかったので、それをとどめる力がない。女も召使いの身で身分が賤しいので拒否する力もない。そのようにしている間に、女への愛情はますますつのってゆく。急に、親はこの女を放逐する。男は血の涙を流して悲しんだが、引きとどめる方法もない。女を連れて家を出た。男は泣き続けつつ歌を詠んだ。

 自分から出て行ったのであればこんなに別れがたくは思わないだろう。だが、そうではないのだから、今まで以上に今日は悲しいことである。

と詠んで、そのまま絶命してしまった。親は度を失ってしまった。「やはり、あの子はこれほどまでに思って結婚したいと言っていたのに……」。全くこんなことは有りえまいと思っていたのに、ほんとうに絶命してしまったので、親は心を混乱させたままで神仏に願をたてた。今日の日暮れごろに絶命して、翌日の戌の時ごろにやっとのことで生き返った。昔の若人はそのようないちずに突き進む恋をしたのである。今の翁にはどうしてこのような恋愛ができようか。できるはずがない。


中村真一郎[日本古典文庫]1976年・河出書房新社
《1988年刊の新装版より》
むかし、若い男が、自分の家で召し使う、それほどみめ悪くない女に思いをかけた。ところが男には、小細工をする親があって、男の執心の募ることをおそれ、その女をよそへ追いやろうとした。しかしそうは決めても、まだ追い出しかねていた。そしてまた男は親がかりの身分で、まだ強気にもなれなかったから、親のすることをとめる勇気もなかった。女も身分がいやしいので、抵抗する力がない。そうこうしている間にも二人の思いは募るばかりである。━━そこで親は急にこの女を追い出した。男は血の涙を流して悲しんだが、引きとめる手だてはない。とうとう女は連れられて出ていってしまった。男は泣く泣く次のように詠んだ。

 出でていなば誰か別れのかたからん
 ありしにまさる今日はかなしも
(女が自分から出ていくのだったら、誰もこんなに別れがたい思いはしないだろうが、親に追い出されていくのだから、あの苦しい仲をつづけていた以前にも増して、きょうはいっそうかなしいのだ)

そう詠んで男は気を失ってしまった。親は狼狽した。やはり息子のことを思ってあんなにきびしく言ったのであるが、まさかこれほどのことにはなるまいと思ったのに、本当に失神してしまったのだ。親はどうしてよいか迷って、神仏に願をかけた。その日の日暮の頃に息が絶えて、翌日の戌の時(午後八時)ごろにやっと息をふきかえした。むかしの若者は、そのような一途な恋の物思いをしたのである。今の老人くさい若者は、とても恋死になどはできないだろう。


阿部俊子講談社学術文庫]1979年】
昔、或る若い男が、なかなかわるくないちょっといい(召使の)女をいとしいと思った。(ところが、この男には)小うるさくおせっかいをやく親がいて、息子が女に真実執心を持ってしまうかもしれない(そうすると困る)と思って、この女を外へ追い出そうとする。そうはいっても(事情もあろうし雇い人のことではあるし)まだすぐには追い出さない。男は親がかりの身の上なのでまだ思ったとおりにやりとおす権力もなかったので、女を追い出すことをやめさせる力はない。女も身分が下賤なので抵抗する力がない。そうしているうちに、お互いの愛情はいよいよはげしくもえ上る。(それで危険だと思って)急に親がこの女を追い出した。男は目を真っ赤に泣きはらし血のような紅の涙を流してはげしく泣いたけれども、女をひきとめる手段がない。人が女をつれて家を出て行ってしまった。男が泣きながらよんだ歌、
  
 女が自分で家を出て行ってしまったのなら、だれが別れがたく思うだろうか、それだったらあきらめがつく。でも無理につれ去られてしまったので、思うように逢えないでつらい思いをしていた今までより以上に今日は悲しいなあ。

とよんで気を失ってしまった。親はすっかりとり乱しうろたえてしまった。やはりなんと言っても親は子のことを心配し案じたからこそ女と親密にならないように言ったのに、たいそうこんなにまで、息絶えるというようなことなどはあるまいと思ったのに、現実に気を失ってしまったので、あわてさわいで神仏にたのみ、お礼を約束して御願いをしたのだった。男は今日の日暮れ時六、七時のころに気絶して翌日の午後八時前後のころになってやっと息を吹きかえしたのだった。昔の若い人はそのような恋に命をかけるようないちずな悩みをしたのだった。今の老人が現実に息絶えるようなそんないちずなはげしい恋をするであろうか。とてもしないであろうと思われるよ。


石田穣二[角川文庫]1979年】
昔、若い男が、なかなかきれいな女を愛するようになった。よけいな差し出口をする親がいて、(男が)この女を好きになっては大変と、この女をよそに追い払おうとした。そうはいっても、まだ追い払わない。男は親がかりの身の上なので、まだ自分の意志を通すだけのだけの力がなかったので、女を引き止める力がない。女も、賤しい身分なので、あらがうすべもない。そうしているうちに、男の思いは、いよいよつのりにつのりる。急に、親が、この女を無理に追い払った。男は、血の涙を流して悲しんだが、引き止めるてだてもない。(女を)連れて出て行ってしまった。男は、泣く泣く(次のような歌を)詠んだ、

 いでていなば誰か別れのかたからむありしにまさる今日はかなしも(連れて出て行ってしまうのならば誰だって別れがむつかしいことがあろうか、別れるよりほかはないのだ、今までよりもいっそうあれがいとしく思われる今日のこの悲しみよ)

と詠んで、息が絶えてしまった。親は、度を失ってしまった。親としては何としても子のためを思ってこそ苦情も言ったのだ、まさかこんなことにはなるまいと思っていたところ、正真正銘息が絶えてしまったので、うろたえて神仏に願を立てた。今日の入相(日没)の頃に息が絶えて、翌日の戌の時(午後八時)の頃に、やっとのことで息を吹き返したのであった。昔の若者は、そんな好色一途の恋の悩みをしたのである。今の年寄りじみた連中は逆立ちしたってできようか。


田辺聖子竹取物語伊勢物語]学研刊、1982年】
《1987年刊、集英社文庫より》
むかし、若い男が、ちょっと魅力のある召使の女をあいしていた。この男には、干渉がましくあれこれと気を使う親がいて、息子が本気に女に執着しては大変だと思って、この女をほかへ追い出そうとした。しかしそうはいってもまだ追い出しはしなかった。男は親がかりの身で、遠慮もあり、生活力はなし、女を引きとめる器量はなかった。女も身分卑しいのでさからう力もない。その間に、男の愛情はいよいよ強くなるのだった。親はあわてて、にわかにこの女を追い出そうとした。男は血の涙を流して悲しんだが、女を引きとめる手だてはなかった。人は女を引きたてて出た。男は泣く泣く、

〔あの女(ひと)が
 われから去ってゆくのなら
 なんで別れが辛かろう
 でもあの女は むりやりに
 仲を裂かれて追われていった
 みのらぬ恋の くるしさは
 今までもさりながら
 それにもまさる 今日の悲しみ〕

と詠んで気を失ってしまった。親は狼狽した。もともと息子のためを思えばこそ、女と別れるように叱ったのだが、まさかこんなにまで苦しもうとは思っていなかった。ところがほんとうに息も絶え絶えになってしまったので、あわてさわいで神仏に願をかけて祈った。その日の日暮れごろに気絶して、翌日の戌の刻(午後八時ごろ)ばかりにやっとのことで息を吹き返した。
むかしの若者は、そういうひたむきな恋をしたものだった。いまの老体には、どうしてこんな恋ができよう。


【吉岡曠[現代語訳伊勢物語]1982年】
《2005年刊學燈社現代語訳シリーズより》
昔、若い男が、なかなかの器量の女を愛した。お節介をやく親がいて、好きになっては困るというので、女をよそへ追い払おうとする。そうはいっても、まだ実行はしない。男は、親がかりで、まだ親にさからえるほど心が成長していなかったので、女を引きとめる力がない。女も身分が卑しいので、さからう力がない。そうしているうちに、男の思いは、いよいよつのりにつのる。突然、親がこの女を追い出した。男は、血の涙を流すけれども、引きとめるすべがない。人が来て、女を連れて出て行った。男が泣く泣く詠んだ歌。

 出て行ったならば、それでおしまい、だれだって別れることなど簡単だ。簡単でないのはそのあとのつらさ。いとしさが、今までよりもいっそうまさる今日は、なんとも悲しいことだ。

と詠んで、息が絶えてしまった。親は仰天した。それでも、「この子のことを思うからこそ意見をしたのだ。まさか死にはすまい」と思うのに、ほんとうに息が絶えてしまったので、途方にくれて、神仏に願を立てた。日暮れ時に息絶えて、翌日の午後八時頃に、やっとのことで息を吹きかえした。昔の若者は、こういう一途な恋をしたものだ。今の年寄りがしようたってできるものか。

 
【桑原博史[新明解古典シリーズ3伊勢物語]1990年・三省堂
昔、若い男が、(召使いで)器量の悪くない女を愛した。(ところが、この男には)利口ぶって口出しをする親がいて、(このまま息子が女を)深く愛するようになっては困ると思って、この女をよそへ追い出そうとする。(しかし)そうはいっても、まだ追い出せないでいる。(男は、まだ親に養われている)子(の身分)なので、まだ(親に反対する)気力がなかったので、(それを)止める力もない。女も(召使いという)低い身分(の者)だったので、抵抗する力がない。そうしているうちに、(互いの)情愛はますますつのっていく。(そこで)急に親はこの女を追い出した。男は、血の涙を流し(て泣い)たけれども、止める方法がない。(やがて、人がこの女を)連れて出て行った。(それを見て)男が、泣きながら詠んだ(歌)。

(あの人が自分から)出て行ったのなら、だれが(こんなにも)別れがたく思うだろうか。(そうではないから)今まで以上に今日は悲しい(ことだよ)。

と詠んで気絶してしまった。(それを見て男の)親はあわててしまった。やはり(親はわが子のことを)思って(あのように)いったのだが、(それにしても)それほど深く思って(いるわけでは)ないだろうと思っていたのに、本当に気絶してしまったので、あわてて(神仏に)祈願をした。
今日の日没のころに気絶して、翌日の午後八時ころにやっとのことで息を吹きかえしたのであった。昔の若者は、そのようなひたむきな恋をしたものであった。今の年寄りは、どうして(このようなことを)するだろうか。(いや、しはしない。)


【雨海博洋[文法全解伊勢物語]1996年・旺文社】
昔、(まだ部屋住みの)若い男が、まんざら悪くもない女を(恋しく)思った。(ところが)分別ぶってさしでがましいことをする親がおって、(二人をこのままにしておくと)思慕の情がまさるといけないと思って、この女を他所へ追い出そうとした。そうはいっても、まだ(急には)追い出さないでいた。(この男は)親がかりであったので、まだ(親に)さからう気力もなかったので、(召使いの女を追い出すのを)止める力がない。(また)女も召使いの身分であったので、抵抗する力もない。そうこうしているうちに、(二人の)恋情はいやが上にも増さった。(そこで)親は急にこの女を追い出した。男は血のように悲痛な涙を流したが、(出される女を)止める方法とてない。(家の人が女を他所に)連れ出し、女は従って去った。男は泣きながら次の歌を詠んだ。

出でていなば……(女が自分から)出て行くのなら、誰だって別れが辛いだろうか、辛いことはありやしない。(ところが女は無理に追い出されたのだから)以前にもまさって、今日は悲しいことよ。

と歌を詠んで気絶してしまった。(そこで)親はあわててしまった。(親は)やはり息子のためを思ったからこそ言ったのだが、まさかこのように(思いつめていたの)ではあるまいと思っていたのに、本当に気絶してしまったので、(親は)うろたえて神仏に願を立てたのであった。今日の夕暮れごろに気を失って、翌日の午後八時から十時にかけて、やっと息を吹き返したのであった。昔の若人はこのようにひたむきな恋をした。現代の分別顔した連中はどうして(恋のために)死ねるであろうか。(それだけの情熱はあるまい。)



《参考》
国立歴史民俗博物館蔵大島雅太郎氏旧蔵伝二条為氏筆本】(歴史的仮名遣に変換)
むかし、わかきをとこけしからぬ人を思けり。さかしらするおやありて、おもひもぞつくとてこの女をほかへおひやらむとす。さこそいへ、まだおひやらず。ひとのこなれば、とゞむるいきほひなし。女もいやしければ、すまふちからなし。さるあひだに思ひはいやまさりにまさる。にはかにおやこの女をつひにおひつ。をとこちのなみだをながせどもさとるよしなし。さてゐていでぬ。をとこなく\/よめる。
  いとひてはたれかわかれのかたならん
  ありしにまさるけふはかなしも
とよみてたえいりにけり。なほざりに思てこそいひしか。いとかくしもあらじと思ふにまことにたえいりければ、まどひつらをふき願をたてけり。けふのいりあひばかりにたえいりて又の日のいぬのときばかりになんからうじていきいでたりける。女かへる人につけて
  いづくまでおくりはしつと人とはゞ
  あかぬなごりのなみだがはまで
とありけるをきゝてこそをとこはたえいりける。むかしのわかき人はさるすける物おもひをなむしける。


酒田市本間美術館蔵伝民部卿局筆本】(歴史的仮名遣に変換)
昔、わかきをとこ、けしうあらぬ人をおもひけり。さかしらするおやありて、おもひもつくとて、この女をほかへならむといふ。人のこなれば、心のいきほひなくて、えとゞめず。をんなもいやしければ、すまふちからなし。さこそいへ、まだえやらずなるあひだに、思はいやまさりにまさる。おや、この女をおひいづ。男、ちのなみだをおとせど、とゞむるちからなし。つひにいぬれ、女、返人につけて
  いづこまでおくりはしつと人とはゞ
  あかぬわかれのなみだがはまで
をとこ、なく\/よめる
  いとひてはたれかわかれのかたからむ
  ありしにまさる今日はかなしな
とよみて、たえいりにけり。おやあはてにけり。なほざりにおもひてこそいひしか。いとかくしもあらじとおもふに、まことにたえいりたれば、まどひて願などたてけり。けふのいりあひばかりにたえいりて、またの日のいぬ時ばかりになむからうじていきいでたりける。昔のわか男は、かかるすけるものおもひなんしける。今のおきな、まさにしなむやは。



《備考》
これは伝為氏筆本の形が原形で「伝為氏筆本→伝民部卿局筆本→定家本」と変化したものか。
民部卿局筆本は話の順序を入れ替えてわかりやすくする一方で最後に『今のおきな、まさにしなむやは』を加えている。
また定家本は初期の寂身本以外は女の歌を削除している。女の歌を削除したのは賤しい雇われ女が歌を詠むような教養があるのは矛盾と考えたからか。

なお、この女の歌は堤中納言物語の「はいずみ」にも出てくる。
成立時期から言っても伊勢物語の方が先であり、堤中納言物語はこの歌を家を追われた妻の歌として巧みに取り込んで最後の逆転劇への転換点にしている。