つらつら思うこと

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いせものかたり

f:id:nobinyanmikeko:20170830163342j:plainAmazonのもったいない本舗に注文していた「いせものかたり」(鈴木知太郎・田中宗作編、おうふう)が届いた。

¥1だけど若干の鉛筆による書込みはあるもののほぼ綺麗な状態。

表紙に変体仮名で「いせものかたり」とあるだけで内容が全く判らないままというか判らないからこそどんな本だろうと興味を持って注文をしてみた。

表紙の写真の印象からは影印本かもと思ったけど影印本ではなく普通の校注本だった。ただ巻末に桂宮本業平集の翻刻が収められているのは思いがけない収穫。

この本は1960年に初版が出て、38年も経った1998年に重版が出ている。今回購入した本は1998年の重版の方で、巻末の参考文献一覧は1982年に発行された本まで載っている。
鈴木知太郎・田中宗作編となっているけど鈴木知太郎氏は1977年に亡くなっているし、田中宗作氏が追加分を書いたのだろうか。
ところが田中宗作という人は「伊勢物語研究史の研究」(1965年、桜楓社)の著者として名前は見かけるものの、ネットで検索しても何もヒットしない謎の人物だ。

というわけで、この本自体ほかの研究書等に参考文献として載っているのも見たことが無いし謎の多い本だ。


追記
この本の本文を鈴木知太郎校註「校註伊勢物語」(笠間書院版)と突き合せてみたら仮名遣いや漢字の宛てかた等に違いが見られる。
鈴木知太郎・田中宗作共編とあるものの、おそらくは実際の編者は田中氏の方で、鈴木知太郎氏は名義を貸しただけなのではないだろうか。
無名の若い研究者が本を出す時によく使われる手で、大日本国語辞典が出る時に当時無名の松井簡治氏の名前では売れないと判断した出版社が上田萬年博士の名を借りて上田萬年・松井簡治共著として出版したのは有名な話だ。

追記の追記
田中宗作氏について多少のことが判ってきた。
1914年生で1989年没。1958年の日大文理学部発足当時国文科助教授でこの頃の教授の一人が鈴木知太郎氏。「伊勢物語研究史の研究」は博士論文として書かれ、この論文で1965年に日大から博士号を受けている。同年同論文が桜楓社から出版される。他に「百人一首古注釈の研究」(1966年、桜楓社)
という著書もあるようだ。
1989年に亡くなっているから「いせものかたり」が重版された1998年には既に故人になっていたんだね。
1958年当時44歳でまだ助教授だったり、博士号を受けたのが51歳の時だったり、研究者としてはあまり日の当たらない存在だったのかな。

追記の追記の追記
この本は1957年に「校訂伊勢物語新註 附在原業平朝臣集」として田中宗作氏の名で東宝書房から刊行された本の再刊のようだ。
桜楓社から再刊される際に鈴木知太郎氏との共編という形にしたものと思われる。