つらつら思うこと

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古今和歌集657小町の歌の訳

手許にある古今和歌集の訳を比較してみる。


【657 かぎりなき おもひのまゝに よるもこむ
   夢地をさへに 人はとがめじ】(小野小町
※清輔本【かぎりなき 思ひのまにま よるもこむ
     ゆめぢにさへに 人はとがめじ】
※元永本【かぎりなき おもひのまゝに 夜るはこむ ゆめぢにさへや 人はとがめむ】
     


★[佐伯梅友日本古典文学大系:1958年]限りもない思いにまかせて、わたしは、せめて夜の夢で会いに行こう。

★[小沢正夫:日本古典文学全集:1971年]あなたを思う無限の思いを案内の燈火として、せめて暗い夜になりともいきましょう。夢路を通っていくことまでは、誰もとがめだてはしないでしょう。

★[片桐洋一:全対訳日本古典新書:1980年]尽きることのない恋の思いのままに、夜寝ている時にでも参りましょう。夢路においてまで、他人はとがめだてしないでしょうから。

★[小町谷照彦:旺文社文庫:1982年]かぎりのない恋の思いにまかせてせめて夜なりとも逢いに来よう。夢の中の通い路までは、人もとがめることはあるまいから。
※2010年のちくま学芸文庫も同じ。

★[久曽神昇:講談社学術文庫(三):1982年]限りもなく恋しいままに、せめて夜の夢でなりとあの人の所へ行こう。夢の中の通い路までは、人もとがめますまい。

★[小島憲之・新井栄蔵:新日本古典文学大系:1989年]尽きることのない恋の思いに従って、その思いの火をたよりとして夜の夢ではきっと逢いに来て下さるでしょうね。夢の中の通い路を通うことまで他人はとがめだてしないでしょう。

★[高田祐彦:角川ソフィア文庫:2009年]尽きることのない思いにまかせて夜もやって来よう。夢の中の通い路まで人はとがめないだろうから。



❄「来む」の主語をめぐって、佐伯・小沢・片桐・久曽神の各氏と小町谷・小島・高田の各氏との間に対立が見られる。
「来む」を「行かむ」の意で用いた例は他にもあり、私は佐伯氏らの解釈を支持したい。