つらつら思うこと

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伊勢物語第40段《すける物思ひ》はどう訳されているか②

伊勢物語第40段《すける物思ひ》はどう訳されているか①
http://nobinyanmikeko.hatenadiary.jp/entry/2018/03/10/213000⇐〙



【狩野尾義衛・中田武司[伊勢物語新講]1971年5月、白帝社】
★昔、若い男がいた。悪くない女を愛するようになった。男には、さし出口をする親がいて、このままでは、男の愛情が深まるとよくないと思って、この女をおい出そうとした。そうはいうものの、可愛そうなのでおい出さない。男は親がかりの身であるから、思いのままに反対する力もない。女も召使のいやしい身分なので、抵抗する力もない。そうしている間に、二人の愛情はまさる一方である。親が俄かに、この女をおい出すことにした。男が余りの悲しさで、血の涙を流したが、女を引き留める手だてもない。とう\/親の命令をうけた者が、女を連れ出して行ってしまった。男は泣く\/次の歌を詠んだ。

いでていなば……
 いやで自分勝手に出て行ったとしてもそれでも別れはつらい。ところが、生木を割かれるような飽かぬ別れをしてしまった今日はことさらつらく悲しいことであるなあ。

と詠んで息絶えてしまった。親はすっかりあわててしまった。子供の為を思ってあんなことをしたのであったのに、まさかこう絶え入ろうとは思いもしなかったのに、本当に息絶えたのだから、あわてて神仏に願を立てた。その日の日暮れ時息絶えて、翌日の夜八時頃にやっと息を吹き返したのだった。昔の若い者は、そんな恋死する程、思いつめた恋をしたものだ。今時のおっさん連中は、恋死などできようか。


【森野宗明[講談社文庫]1972年8月、講談社
★昔、まだ若い男が、(その家に奉公している)わるくはない女を好きになったのだった。分別顔に世話をやく親がいて、「深く思いこむようになるかもしれない」と思って、この女をよそへ追いはらってしまおうとする。そうはいっても、(様子をみていて)まだ、追いはらわないでいる。男は親がかりの身なので、まだ自分の意志を通すだけの勇気がなかったので、とめる力がない。女の方も、身分が低いから、(出ていくのはいやだといって)あらそう力がない。そうこうしているうちに、女を思う気持ちはますます強くなる。(これ以上はほうっておけないと思って)突然に、親が、この女を追いたてほうり出した。男は、血の涙を流して悲しんだが、とめるてだてもない。とうとうこの女をつれて出て行ってしまった。男は泣きながら、よんだ、

 出でて往なば誰か別れの難からんありしにまさる今日は悲しも(意志に反して追い出されるのではなく、自分から女が出ていってしまうのなら、それはそれであきらめがつくから、誰も、悲しいとはいえ、特に別れるのがつらいということもないかもしれない。でも、あの人はむりやりつれ去られてしまつた。つらいながらもとにかく家にはいた今までにくらべて、今日はいっそう悲しいことだ)

とよんで気を失ってしまったのだった。
親は、すっかり度を失ってしまった。「やはり、この子は、あの女のことを、ほんとうに思って結婚させてくれなどと言ったのだな。しかし、それにしても、まさか、このままでいつまでもいるわけではなかろう(すぐ息を吹きかえして、元気になるだろう)」と思っていたところ、意外にも、いつまでも気がつかず、ほんとうに息が絶えてしまったものだから、あわてふためいて、神や仏に願を立てるのだった。今日の日の入り頃に気を失って、なんと、次の日のいぬの時ほどに、やっとのことで息を吹きかえしたのだった。昔の若い連中は、そういう、みごとな色恋へのうちこみ方をしたものだったのだ。(かつてはこの若者のようだったときもあるだろうが)今のおやじ連中は、こんなふうには恋に殉じられようか、とてもではないが、できはすまい。


【福井貞助[日本古典文学全集]1972年12月、小学館
★昔、若い男が、ちょっと人目をひく召使い女を愛しいと思った。この男には、子を思うあまり、気をまわす親がいて、わが子が女に執着しては困ると思って、この女をほかへ追い出そうとする。そうは思っても、まだ追い出してはいない。男は、親がかりの身なので、まだ進んで思うままにふるまう威勢もなかったので、女をとどめる気力がない。女も身分が低い者なので、対抗する力がない。そうこうしているうちに、女への愛情はますます燃え上がる。にわかに、親が、この女を追い出した。男は、血の涙を流して悲しんだが、女を引きとどめようもない。人が女を連れて家を出た。男は、涙ながらに詠んだ。

 いでていなば……(自分から女が去ってゆくのなら、こんなに別れがたくも思わないだろう。無理に連れ去られるのだから、今日は、今までのつらい思いよりもいっそう悲しいことだなあ)

と詠んで、気を失ってしまった。親はうろたえてしまった。なんといっても子を思って、女と別れるように意見をしたのだ。まったく、これほどでもあるまい、と思ったところ、ほんとうに息も絶え絶えになってしまったので、狼狽して願を立てた。今日の日暮れごろに気絶して、翌日の戌の刻ごろに、やっと生き返った。昔の若者は、こんないちずな恋をしたものだ。当節のご老人、どうしてこのような恋愛ができようか。


【森本茂「伊勢物語全釈」1973年7月、大学堂書店】
★昔、若い男が、たいして悪くはない女を愛した。ところが、恋のさまたげをする親(男の親)がいて、女を愛する心が起こったら大変だと思って、この女をよそへ追い出そうとした。そうはいえ、まだ追い出さない。男は親に面倒をみてもらっている身分なので、まだ自分の考えをおし通す力がなかったから、親の仕打ちをやめさせる力がない。(また)身分が低いので、女も争う力がない。そうしているあいだに、(おたがいの)愛情はいよいよ勝る。(しばらくたって)急に男の親が女を追いやった。男は深い悲しみの涙を流したけれども、女を引きとどめる方法がない。召使いが女を連れて出て行った。そこで、男は泣く泣く次の歌をよんだ。

 女が自分から出て行ったのなら、誰だって別れをつらいとは思わないだろう。しかし、追い出されたのだから、以前よりいっそう今日は悲しいことよ。

とよんで、気を失ってしまった。男の親はあわててしまった。やはり女を深く愛していたからこそ、あのような歌をよんたのであったな、しかし、このまま息絶えてしまうこともないだろうと、親は思っていたのに、ほんとうに気を失ってしまったので、親はあわてて願を立てた。男は今日の夕暮れの頃に気を失って、翌日の戌の時の頃に、ようやく息をふき返した。昔の若者はこのような多感な恋の思いをしたのだった。今日の分別くさい若者は、(この男のような)ひたむきな恋の思いをしただろうか(しないだろう)。


【片桐洋一「鑑賞日本古典文学」1975年11月、角川書店
★昔、若い男が悪くはない女をいとおしく思った。ところが、その男には、分別顔で世話をやく親があって、「ひょっとして執着してしまったら」と思って、この女を他(ほか)に追いやってしまおうとする。そうはいうものの、まだ追い出してはいない。男は親がかりの身であるので、まだ自分の意志のままに行動する力がなかったので、それをとどめる力がない。女も召使いの身で身分が賤しいので拒否する力もない。そのようにしている間に、女への愛情はますますつのってゆく。急に、親はこの女を放逐する。男は血の涙を流して悲しんだが、引きとどめる方法もない。女を連れて家を出た。男は泣き続けつつ歌を詠んだ。

 自分から出て行ったのであればこんなに別れがたくは思わないだろう。だが、そうではないのだから、今まで以上に今日は悲しいことである。

と詠んで、そのまま絶命してしまった。親は度を失ってしまった。「やはり、あの子はこれほどまでに思って結婚したいと言っていたのに……」。全くこんなことは有りえまいと思っていたのに、ほんとうに絶命してしまったので、親は心を混乱させたままで神仏に願をたてた。今日の日暮れごろに絶命して、翌日の戌の時ごろにやっとのことで生き返った。昔の若人はそのようないちずに突き進む恋をしたのである。今の翁にはどうしてこのような恋愛ができようか。できるはずがない。


中村真一郎[日本古典文庫]1976年、河出書房新社
《1988年3月刊の新装版より》
★むかし、若い男が、自分の家で召し使う、それほどみめ悪くない女に思いをかけた。ところが男には、小細工をする親があって、男の執心の募ることをおそれ、その女をよそへ追いやろうとした。しかしそうは決めても、まだ追い出しかねていた。そしてまた男は親がかりの身分で、まだ強気にもなれなかったから、親のすることをとめる勇気もなかった。女も身分がいやしいので、抵抗する力がない。そうこうしている間にも二人の思いは募るばかりである。━━そこで親は急にこの女を追い出した。男は血の涙を流して悲しんだが、引きとめる手だてはない。とうとう女は連れられて出ていってしまった。男は泣く泣く次のように詠んだ。

 出でていなば誰か別れのかたからん
 ありしにまさる今日はかなしも
(女が自分から出ていくのだったら、誰もこんなに別れがたい思いはしないだろうが、親に追い出されていくのだから、あの苦しい仲をつづけていた以前にも増して、きょうはいっそうかなしいのだ)

そう詠んで男は気を失ってしまった。親は狼狽した。やはり息子のことを思ってあんなにきびしく言ったのであるが、まさかこれほどのことにはなるまいと思ったのに、本当に失神してしまったのだ。親はどうしてよいか迷って、神仏に願をかけた。その日の日暮の頃に息が絶えて、翌日の戌の時(午後八時)ごろにやっと息をふきかえした。むかしの若者は、そのような一途な恋の物思いをしたのである。今の老人くさい若者は、とても恋死になどはできないだろう。


【永井和子[対訳日本古典新書]1978年4月、創英社】
(2008年3月刊の笠間文庫は、この対訳日本古典新書の再刊)
★むかし、若い男が、そうわるくはない女を思った。分別くさいお節介を焼く親がいて、深く恋慕の心がつくといけないということで、この女をよそへ追い払おうとする。そうはいっても、まだ追い払わないでいる。この男は、親の世話になっている身分なので、まだ思いのままに振る舞う力もなくて、女を引きとめる勇気がない。女の方も、身分が低いので、身をもって拒む力がない。そうしているうちに、恋慕の心はいよいよ勝りに勝ってくる。それで突然、親はこの女を追い出す。男は、血の涙を流して悲しむけれど、引きとどめる手段もない。人がこの女を連れて出て行く。男は泣く泣くよんだ。

いでていなば誰(たれ)か別れのかたからむありしにまさるけふは悲しも
 あの人が自分で出て行くのなら
 だれも別れがつらいなど言わないのです
 今までもつらかったけれど
 今日はそれよりずっと悲しい日だなあ

とよんで気を失ってしまった。親はすっかりあわててしまった。やはり子のことを思って諫言したのに、まさか本当に死んだりすることはあるまいと思うのに、本当に気を失ってしまったので、ろうばいして願を立てた。今日の日の入りのころに気を失って、次の日の戌(いぬ)の時刻のころに、やっとのことで息を吹き返した。昔の若者はこうした一途(いちず)な恋愛をしたものた。今時のおじいさんは、いったい、死ぬことができようかな。


【片桐洋一[図説日本の古典5]1978年8月、集英社
★昔、若い男が、召使いの女を愛してしまった。しかし、親は、これを好ましく思わず、女を追い出してしまおうと思っていた。男は親がかりの身であるので、親に反対しとおすことはできない。女も身分が賤しいので、これを拒むことができない。そんなことをいっているうちに、息子のようすがますます心配になってきた親は、女の追放を断行する。男は血の涙を流して悲しんだが、どうしようもない。人に連れられて女は家を出てゆく。男は泣く泣く、

 出でていなば誰か別れの難からむ
 ありしにまさる今日は悲しも
 「女のほうから出てゆくのであれば、どんな別れにも堪えられましょう。しかし、そうではなく、心ならずも出てゆくのを思うと、今まで以上に思いがつのり、どうしようもない悲しさですよ」

といった。そして、この歌を詠んだまま、男は絶命してしまったのである。親は、あわてにあわてた。まさかここまで思いこんでいるわけではあるまいと考えていたので、ほんとうに絶命してしまったわが子を見て、どうしてよいかわからず、神仏にひたすら願をかけるばかり。だが、その効果があったのか、日暮れどきに絶命してから一昼夜たって、翌日の午後八時ごろにやっと蘇生したというのである。
今の、この翁に、どうして、こんな恋ができましょうや。


阿部俊子講談社学術文庫]1979年8月、講談社
★昔、或る若い男が、なかなかわるくないちょっといい(召使の)女をいとしいと思った。(ところが、この男には)小うるさくおせっかいをやく親がいて、息子が女に真実執心を持ってしまうかもしれない(そうすると困る)と思って、この女を外へ追い出そうとする。そうはいっても(事情もあろうし雇い人のことではあるし)まだすぐには追い出さない。男は親がかりの身の上なのでまだ思ったとおりにやりとおす権力もなかったので、女を追い出すことをやめさせる力はない。女も身分が下賤なので抵抗する力がない。そうしているうちに、お互いの愛情はいよいよはげしくもえ上る。(それで危険だと思って)急に親がこの女を追い出した。男は目を真っ赤に泣きはらし血のような紅の涙を流してはげしく泣いたけれども、女をひきとめる手段がない。人が女をつれて家を出て行ってしまった。男が泣きながらよんだ歌、
  
 女が自分で家を出て行ってしまったのなら、だれが別れがたく思うだろうか、それだったらあきらめがつく。でも無理につれ去られてしまったので、思うように逢えないでつらい思いをしていた今までより以上に今日は悲しいなあ。

とよんで気を失ってしまった。親はすっかりとり乱しうろたえてしまった。やはりなんと言っても親は子のことを心配し案じたからこそ女と親密にならないように言ったのに、たいそうこんなにまで、息絶えるというようなことなどはあるまいと思ったのに、現実に気を失ってしまったので、あわてさわいで神仏にたのみ、お礼を約束して御願いをしたのだった。男は今日の日暮れ時六、七時のころに気絶して翌日の午後八時前後のころになってやっと息を吹きかえしたのだった。昔の若い人はそのような恋に命をかけるようないちずな悩みをしたのだった。今の老人が現実に息絶えるようなそんないちずなはげしい恋をするであろうか。とてもしないであろうと思われるよ。


石田穣二[角川文庫]1979年11月、角川書店
★昔、若い男が、なかなかきれいな女を愛するようになった。よけいな差し出口をする親がいて、(男が)この女を好きになっては大変と、この女をよそに追い払おうとした。そうはいっても、まだ追い払わない。男は親がかりの身の上なので、まだ自分の意志を通すだけのだけの力がなかったので、女を引き止める力がない。女も、賤しい身分なので、あらがうすべもない。そうしているうちに、男の思いは、いよいよつのりにつのりる。急に、親が、この女を無理に追い払った。男は、血の涙を流して悲しんだが、引き止めるてだてもない。(女を)連れて出て行ってしまった。男は、泣く泣く(次のような歌を)詠んだ、

 いでていなば誰か別れのかたからむありしにまさる今日はかなしも(連れて出て行ってしまうのならば誰だって別れがむつかしいことがあろうか、別れるよりほかはないのだ、今までよりもいっそうあれがいとしく思われる今日のこの悲しみよ)

と詠んで、息が絶えてしまった。親は、度を失ってしまった。親としては何としても子のためを思ってこそ苦情も言ったのだ、まさかこんなことにはなるまいと思っていたところ、正真正銘息が絶えてしまったので、うろたえて神仏に願を立てた。今日の入相(日没)の頃に息が絶えて、翌日の戌の時(午後八時)の頃に、やっとのことで息を吹き返したのであった。昔の若者は、そんな好色一途の恋の悩みをしたのである。今の年寄りじみた連中は逆立ちしたってできようか。


〘⇒伊勢物語第40段《すける物思ひ》はどう訳されているか③
http://nobinyanmikeko.hatenadiary.jp/entry/2018/03/12/015505