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辞書における『ねこ』

手許にある辞書で『ねこ』を引いてみる。



★時代別国語大辞典上代
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ねこ[猫](名)ねこ。食肉目ねこ科の家禽。「我正月一日、成レ狸〈禰古〉入=於汝時_之時、飽=供養宍種物_ 」(霊異記上三〇話)「猫狸 猫レ捕レ鼠也、貍狸也、又云野貍、倭音上尼古、下多々既」(華厳経音義私記)「野猫ノ皮」(小川本願経四分律甲本古点)「貓 禰古」(新撰字鏡)「猫・貓 ネコ」(名義抄)
【考】上代には猫についての記述が少なく、どの程度飼われたものか明瞭でない。「狸」の字は猫の一種で野猫をいう字である。なお「家狸、一名猫 禰古末」(本草和名)「猫 禰古麻、似レ虎而小、能捕レ鼠為レ粮」(和名抄)などのネコマはネコの別名であろう。

❄『こ』の上の_は上代音の甲類を示す。名義抄については手許の「類聚名義抄四種声点和訓集成」(望月郁子編、笠間書院)では「猫」は確認できなかった。「狸 メコマ」はあったが。



★岩波古語辞典

ねこ[猫]《擬音語ネに接尾語コを添えたものという》①食肉目に属する小動物。「ねこま」とも。「我、正月一日、狸(ねこ)に成りて汝が家に入りし時」〈霊異記上三〇〉。「猫、尼古」〈華厳経音義私記〉②《猫の皮を胴張りに使うところから》三味線。また、三味線を使うところから、芸妓の異名。「おもしろい/生きた━━より死んだ━━」〈雑俳・軽口頓作〉。「三絃の皮、猫皮を良とす。故に三都とも弾伎を異名して━━といふ」〈守貞漫稿19〉 neko



★例解古語辞典

ねこ【猫】〈名〉ネコ科の小動物。家猫のこと。[用例](a)「━━は、上のかぎり黒くて、腹いと白き」〔枕・猫は〕
(b)「来つらむ方も見えぬに、━━のいと和(なご)う鳴いたるを、驚きて見れば、いみじうをかしげなる━━あり。いづくより来つる━━ぞと見るに、姉なる人、『あなかま(=ダマッテイナサイ)、人に聞かすな、いとをかしげなる━━なり。飼はむ』とあるに、いみじう人馴れつつ、傍にうち臥したり」〔更級・大納言殿の姫君〕[解]「和う」は「和く」のウ音便。

要説「ねこ(猫)」

 猫についての記事は平安時代にはいってからの文献に現れる。日記・記録などから貴族社会ではペットとして好まれたことが知られる。特に「唐ねこ」とよばれる舶来の猫が珍重された。宇多天皇は愛猫家で、九州の大宰府に赴任していた官吏の献上した猫を愛したが、それは、大陸からもたらされた『唐ねこ」と考えられる。同天皇の御記によれば、それはみごとな黒猫であった。愛猫家の天皇としては、一条天皇も有名である。『枕草子』の「うへにさぶらふ御猫は」の段には、猫を愛する同天皇の姿が生き生きと描かれている。一ニ世紀の貴族で、左大臣まで昇進した藤原頼長の日記『台記』には、少年のころ愛した猫についての回想の記事がある。病気になった猫の回復を祈り、十歳まで長生きするようにと願って観音像を描いたところ、そのおかげか元気になり、願いどおり十歳まで生きたという。寿命が尽きて死んだときには丁重にそれを葬ってやったという。
 物語では、『源氏物語』が恋に苦しむ男性の心理を描くのに猫をうまく使っている。光源氏の妻のひとりに女三の宮がいる。ひとりの貴族がその女三の宮に恋をする。女三の宮は小さなかわいい「唐ねこ」を飼っていた。その貴族は、口実を設けてその猫を手に入れ、恋慕の情を慰めようとするのだった。その猫についての記事のなかには「ねうねう」という鳴き声の描写がある。現代なら「ニャアニャア」とか「ニャンニャン」とか書くところで、猫の鳴き声の描写としてはもっとも古い例である。この趣向に似た猫の使い方は、『狭衣物語』にもみられる。
 夢のなかに猫が現れるという話も、よくある。用例に引いた『更級日記』の場合も、すぐあとのところに、作者の姉の夢のなかに猫が現れて、大納言のなくなった姫の生まれ変わりであると告げたという話がある。猫の夢は、室町時代では懐妊の知らせと解されたようであるが、鎌倉時代の作品には不吉の知らせとして忌んだ例もある。
 かわいがられる猫の話が多い一方には、のら猫の例も古くからある。鎌倉時代の私撰集の『夫木和歌集』には「まくず原下はひありくのらねこのなつけがたきは妹が心か」(源仲正)という例がある。なかなか心を許してくれない女性は、いっこうになつこうとしないのら猫と同じだというわけである。
 また、愛猫家がいる一方では、猫のきらいな人間もいる。『今昔物語集』巻ニ八の三一話には、「猫恐(ねこおぢ)の太夫」というあだ名のある極端に猫嫌いな人物の話がある。この人物は、「猫をだに見つれば、極(いみじ)き大切の要事にて行きたる所なれども、顔を塞(ふた)ぎて逃げ去りぬ」というありさまだった。清少納言は、猫の耳の中が苦手だったらしい。「むつかしげなるもの」の段には、「ねこの耳の中」が挙げられている。
 猫には、魔性の動物とする怪異談も多い。そのほとんどは、時代が下ってからのもので、『古今著聞集』にみえる話などは古い例である。ひとりの僧が迷いこんできた「唐ねこ」を飼っていたところ、秘蔵の守り刀を奪って姿を消したというのである。「ねこまた」も、猫の化物であるという。
 近世になると、猫の皮が三味線の材料として使われる。そこから三味線のことを「ねこ」というようになる。さらに三味線と縁の深い芸妓のことをも「ねこ」というようになる。

❄猫雑学本顔負けの詳しい記述に驚かされるが、若干の疑問点もある。
・「猫についての記事は平安時代にはいってから」……「猫」の初出である「新訳華厳経音義私記」は伝本が小川本一本だけだが、奥書に「延暦十三年書写」とあり、794年に書写されているので原本の成立はそれ以前、上代特殊仮名遣いがほぼ正確に使い分けられている点からみて8世紀中頃の成立か。また日本霊異記の膳臣広国の記事は慶雲二年の事と書かれているが慶雲二年は705年なので、いずれも平安以前になる。
宇多天皇が直接猫を献上されたのではなく、太宰少弐源精(くはし)が光孝天皇に献上し、光孝天皇から皇子だった後の宇多天皇に下賜されたもの。
宇多天皇の時代に『からねこ』という語は無かった。『からねこ』の初出は花山院が昌子内親王に贈った「敷島の大和にはあらぬから猫を君がためにぞ求めいでたる」(夫木和歌集)。
また「から猫」が大陸渡来の猫であったという証拠はなく、おそらく当時は大半の猫が雉猫であった中で、黒猫・白猫・黒白猫などが珍しがられて「から猫」と呼ばれたものと思う。(赤虎猫・三毛猫が現れるのは室町時代以降)
源氏物語の『ねうねう』は neng-neng という音を表したものではないか。平安時代には『う』の文字がしばしば ng という音に宛てて使われており、ここでは柏木が猫の鳴き声を『寝む寝む』の意に取って戸惑う様子が描かれていることからも、『ねうねう』の音価は neng-neng ではないかと思う。



三省堂詳説古語辞典

ねこ【猫】[名]❶動物の名。平安時代、貴族社会では猫を愛玩することが流行した。中国渡来の唐猫が、とくに愛育された。❷(猫の皮を胴に用いることから)三味線の別称。また、芸妓の別称。



言海

ねこ(名)猫〔ねこまノ下略、寝高麗ノ義ナドニテ、韓國渡來ノモノカ、上略シテこまトモイヒシガ如シ、或云、寝子ノ義、まハ助語ナリト、或ハ如虎(ニョコ)ノ音轉ナドイフハ、アラジ〕古ク、ネコマ。人家ニ畜フ小キ獸、人ノ知ル所ナリ、温柔ニシテ馴レ易ク、又能ク鼠ヲ捕フレバ畜フ、然レドモ、竊盗ノ性アリ、形、虎ニ似テ、二尺ニ足ラズ、性、睡リヲ好ミ、寒ヲ畏ル、毛色、白、黒、黃、駁等種種ナリ、其睛、朝ハ圓ク、次第ニ縮ミテ、正午ハ針ノ如ク、午後復タ次第ニヒロガリテ、晩ハ再ビ玉ノ如シ、陰處ニテハ常ニ圓シ、



❂大辭典

ネコ 猫・貓 ❶Felis domestica L. 食肉目ネコ科。ネコは寝子にしてよく寝るに依るともいひ、又ネは鼠にしてコは好の略、或は寝高麗(ねこま)の略なりといふ。家畜として古來飼養さる。本邦の猫はインド地方産の山猫を馴化せるものなりといふ。猫の品種はヨーロッパ種の外、アンゴラ・サイアム・マライ・無尾・パラグェー種等あり。我國に於ける猫屬の野生獸類はヤマネコ・ユキヘウの二種の外朝鮮に三種、臺湾に三種を見る。色相に依り鯖猫・雉猫・虎猫等に區別す。本草綱目[平]「貓・貓苗、其名自呼」枕草子「上にさぶらふおんねこはかうぶり給はりて、命婦のおもととていとをかしければ、かしづかせ給ふが」源氏・若菜上「から猫のいと小さくおかしげなるを、すこし大きなる猫のおひつづきて」著聞集・二〇「ある貴所にしろねと云ふ猫を飼はせたまひける」❷三味線の異名。その胴を猫の皮で張る故にいふ。❸轉じて女藝者の異名。三味線を持つ故にいふ。❹食中におき、臥して足を暖める小さい蓋のある火入れ。土製または陶製にして、多くは猫の形に作り前後に數箇の孔を穿つ。猫火鉢。❺船具の一。持送りの小さいもの。❻猫車の略。❼猫いらずの略稱。『猫自殺』❽本性をつつみ隱してあらはさないこと。知って知らぬふりをすること。又その人。仁勢物語・下[江]寛永「古へはありもやしけむ今はなし鼠のねこをかぶるものとは」『猫をつかふ』❾猫の背のやうに、背の曲ってゐること。又その背の曲った人。猫背。『不動の姿勢をしてねこを直す』❿猫臺に同じ。⑪猫石に同じ。⑫猫木に同じ。⑬鞴を押す時風の出て行かざる様に鞴の中に取附けたる革片。(日葡)⑭所作事。長唄。綜合本名題、三扇雲井月。櫻田治助作詞・二世杵屋六三郎作曲・中村彌八振附。安永二年八月江戸中村座けいせい片岡山第二番目所演。四代目岩井半四郎七變化所作事の一。

❄なかなか面白い記事。
「猫火鉢」とはこういう物らしい。
http://blog.livedoor.jp/hidougu/archives/51283901.html



広辞苑(初版)

ねこ【猫】(鳴き声に接尾語「こ」の添った語)①食肉目ねこ科の家畜。エジプト時代から人に飼われ、偶像化され、神聖視された。現在では愛玩用、鼠駆除用などとして広く飼養されるが、イヌと異なり、多くの野性的性質を今なお保有しているので、悪いことのたとえにされ易い。革は三味線の胴張りに用いられる。ペルシャ猫・アンゴラ猫など品種が多く、また毛色により、三毛猫・烏猫・虎猫・雉猫などに区別される。和名ネコ。古称ねこま。②(猫の皮で張るからいう)三味線の異称。③(三味線をつかうからいう)芸妓の異称。④本性を包み柔和らしく見せかけること。知って知らぬふりをすること。また、その人。「━━をかぶる」⑤猫火鉢。⑥猫背。⑦猫車。