つらつら思うこと

特にテーマは決めずに書きます

助動詞『り』について①

小松英雄氏の「日本語はなぜ変化するか〜母語としての日本語の歴史」(1999年1月初版、笠間書院)のP259~260にこんな記述がある。

 四段活用動詞連用形サキ〈咲キ〉にラ変動詞アリが後接した sakiari には母音連続 ia が含まれるために、二つの母音が融合して中間の母音 e になり、サケリ〈咲ケリ〉になった。
 そこまではよいとして、問題は、古典文法で、サケリをサケ/リと分析し、サケはサクの已然形/命令形、リは完了/継続を表わす助動詞と説明していることである。
 母音連接の解消は、全体が一語化していることを意味する。サキアリ>サケリという変化は、サケリが一体として機能する単位であることを意味するから、サケリからサケを分離するのは、タッテからタッを分離するのと同じぐらいに不自然である。
 文体の差を無視してサケリを現代語に置き換えるなら、サイテル(サイトル/サイチョル)と同じ類型に属する融合である。サイテルをサイテ/ルと分析したら、切り口から血が流れる。
 ……ラ行音節には独立性がない。助動詞ケリ/ナリ/タリ/メリなどの構成要素として重要であるが、単音節の助動詞リとしては行動できない。換言するなら、ラ行の単音節では、特定の機能を担う助動詞として分析できない。
 ……サケ/リと分析すれば、古典文法の立場では、サケが已然形か命令形かを決定しなければならない。上代における母音の区別を根拠にして命令形とみなしたり、命令形には助動詞が後接しないという根拠で已然形とみなすなど、辞書や文法書の説明はまちまちであるが、ナンセンスな議論である。本来は連用形であったし、四段活用以外の活用型ではネ/タリ(<ネ/テ/アリ)、ナガレ/タリ(<ナガレ/テ/アリ)のように{連用形+助動詞タリ}になっている。

つまり小松英雄氏はここで助動詞「り」を認めない、サケリはサケリで一語の動詞として扱うべきであるとの見解を示しているわけで、これは十分説得力のある見解だと私は思うのだが、今まで読んだ他の国語学者による辞書・文法書でこの小松英雄説に従って書かれたものは無く、専ら「り」が已然形に接続するのか命令形に接続するのかに関心が集中しているように思われる。

そこで接続問題も含め、辞書・文法書でどう書かれているかを検証してみよう。


❂まずは松尾聰著「古文解釈のための國文法入門」(1952年1月、研究社学生文庫)の助動詞「り」に関する記述。

  未然 連用 終止 連体 已然 命令 
り……ら  り  り  る  れ  れ

接続:四段活用の已然形
   サ変の未然形

………「り」も「あり」からできた語といわれ、たとえば「行けり」は「行きあり」の約だと考えられる。したがってこれも「テイル」または「テアル」と口訳してほゞ当る。つまりどちらも「存在」または「継続」の意味をあらわす。

 御涙の隙なく流れおはしますをあやしと見奉り給へ[る]を(オ見申上ゲテイラッシャルノヲ)(源氏、桐壷)
 吾が里に大雪降れ[り](降ッテイル)(万葉、二)
 秋の野のみ草刈り葺き宿れ[り]し(宿ッテイタ)(万葉、一)
 大君の遠の御門と思へ[れ]ど(思ッテイルケレド)(万葉、十五)

「り」の未然形、命令形は中古文には比較的用例が乏しいので、学生諸君には目新しいかも知れない。注意を要する。

 天の河橋渡せ[ら]ば(渡シテアルナラ)(万葉、十八)
 これをだにも給へ[ら]ざらましかば(持ッテイラッシャラナイノデアッタラ)(落窪)

上は「り」の未然形の例。

 忘れ貝寄せきて置け[れ](置イテアレヨ)沖つ白浪(万葉、十五)

上は「り」の命令形の例。

 ……なお、「り」は四段活用の已然形につくと言われているが、上代の特殊仮名遣いからいうと、命令形につくというのが正しいと橋本進吉博士(古代國語の音韻に就いて)は説いて居られるが、今、語の解釈の上には、直接影響がないから、くわしくは述べないでおく。
 また、「り」は四段・サ変の両活用にしか添わないのであるが、中古語が口語から離れて行った後世
 一樓の明月に雨初めて霽れ(下二段)[り](謠曲羽衣)
などと誤用していることに注意せられたい。……

橋本進吉「古代國語の音韻に就いて」を見たが、「り」の接続に関する記述は見つからない。松尾氏の勘違いか?


❂「橋本進吉博士著作集・八/助詞・助動詞の研究」(1969年11月、岩波書店)は「橋本進吉著作集」となってはいるが、橋本進吉本人が書いたものではなく、橋本進吉による講義のための草稿と受講者のノートを基に編集者がまとめたもの。論文ではなく講義のための草稿だから概説程度のものだが。

 「り」は奈良朝以前から盛に用ゐられてゐる。活用はラ變と同じであつて、あらゆる活用形が具はつてゐる。(連用形は過去の助動詞に續く時によく用ゐられた。)
 …………
 四段の命令形(已然にあらず)につくのが最多く、サ變にもつくが、上一段の「着る」及びカ變の「來」にもついた例がある。
  …………
  このあが[ける]いもがころもの(萬十五、3667)
  玉づさの使の[けれ]ば(萬十七、3957)
 意味は、動作の繼續又は、動作の結果たる狀態の繼續(進行態、存在態)をあらはすもので、今の口語では「━━てゐる」「━━てある」にあたる。動詞の連用形に「あり」といふ動詞がついて出來たものと説かれてゐるが、或はさうであらう。
 ク形は「らく」の形となる。
  …………
 東國では、四段の將然形からつく。
  …………
 平安朝に於ても、この形は用ゐられたが、四段サ變以外のものはなくなつた。この時代には、完了をあらはす場合にも用ゐられるやうになつた。
  …………
 院政時代から鎌倉時代にいたると、下二段に「り」をつけた例が見える。
  …………
 この時代になると、將然形、已然形、命令形が、だん\/用ゐられなくなつた。
 室町時代になると、「り」はほとんどすたれて、抄物などに少し見えるのも、文語から來たものらしく、口語には遂に用ゐられなくなつた。(その代りに「てある」「てゐる」「てをる」などが用ゐられる。)

❄ここでは四段活用の命令形に接続すると断言しているが詳しい証明は省略されている。また、サ變への接続については触れていない。


❂「品詞別日本文法講座8/助動詞 Ⅱ 」(鈴木一彦・林巨樹編、1972年12月、明治書院

「完了の助動詞/五 り」(飛田良文

1.「り」の用法
 「り」は四段活用の已然形に接続するとされていたが、上代仮名遣の研究が進んだ結果、已然形(エ列乙類)と命令形(エ列甲類)との区別が明らかになり、命令形に接続すると説明されるようになった。平安時代にはエ列の甲類と乙類の区別が消滅したが、やはり命令形相当の形に付くものとして扱われている。ただサ変に接続する場合は、サ行のエ列音「せ」に甲類乙類の区別がないため、奈良時代は四段活用の場合にあわせて命令形接続とし、平安以降は命令形が「せよ」となるので未然形に接続すると説明する場合と、奈良時代から未然形に付くとする説とがある。
 「り」は元来動詞の連用形に「あり」が融合してできたので、奈良時代には、現代語の「てある」「ている」にあたる動作の継続および動作の結果たる状態の継続をあらわしていたが、平安時代から完了にも用いられるようになった。

2.「り」の歴史的変遷

(1)奈良時代
万葉集』には、未然・連用・終止・連体・已然・命令の全活用形がある。
  天の河橋渡せ[ら]ば(4126)
  秋の野のみ草刈り葺き宿れ[り]し(7)
  海人のをとめは小船乗りつららに浮け[り](3627)
  山峡に咲け[る]桜を(3967)
  霞立つ長き春日を挿頭せ[れ]ど(846)
  白栲の吾が下衣失はず持て[れ](3751)
なお、「り」はエ列音に接続するが、東歌や防人歌では、ア列音すなわち未然形に接続している。
  筑波嶺に雪かも降ら[る](3351)
  われを見送ると立た[り]しもころ(4375)
  潮船の置か[れ]ば悲し(3556)
また、「り」は四段活用動詞に接続することが多いが、サ変・カ変・上一段の動詞にも接続している。
  帯日売の命の魚(な)釣らすと御立たしせ[り]し(869)
  玉梓の使の来(け)[れ]ば(3957)
  この吾が着(け)[る]妹が衣の(3667)

(2)平安時代
 歌の世界を『古今集』(日本古典全書)でみると、終止(7例)、連体(71例)、已然(8例)の三活用形があり、連体形「る」に「らむ」「なり」の二種が下接している。
  たれみよと花さけ[る]らむ(856)
  時雨の雨のそめ[る]なりけり(1010)
 『後撰集』(天福二年本)では、歌に未然(2例)、終止(5例)、連体(71例)、已然(5例)、命令(1例)の五活用形があり、下接の助動詞は未然形「ら」に「む(ん)」の一種がある。
 話しことばの世界を『竹取物語』(『竹取物語総索引』)の会話で調査すると、未然(1例)、連用(1例)、終止(7例)、連体(7例)、已然(1例)の五活用形がみえる。そして連体形がア列音に接続した「もた[る]」が二例みえる。
  つはくらめのもた[る]こやす貝をとらんれう也との給ふ
  つはくらめのもた[る]こやす貝取て給へと云

❄後の例は私の所持する「竹取物語」では確認できなかった。あるいは同じ箇所の異本表記か。

 下接の助動詞には、未然形「ら」に「む」、連用形「り」に「けり」の二種がある。
 『竹取物語』の地の文には、終止形(27例)、連体形(13例)、已然形(2例)の三活用形があり、連体形「る」には「なり」の下接した例がある。したがって、『竹取物語』では、会話が地の文より活用形の種類が多く、使用度数は終止形・連体形が多い。『土左日記』(青谿屋本『土左日記総索引』所収)では、会話に連用形と連体形の二活用形、地の文に未然・連用・終止・連体・已然の五活用形がある。『源氏物語』(会話・地の文・歌を含む)では、『源氏物語大成』の「索引篇」によると、未然・連用・終止・連体・已然の五活用形があり、下接の助動詞には、「ず」「まじ」「き」「けり」「つ」「ぬ」「む」「べし」けむ」「まし」「なり」の一一種がある。
 そして、築島裕博士は、《未然形の「ラ」、已然形の「レ」などは、一般の和文ではそれ程多くない。源氏物語で見ると、「ら」「れ」(已然形)のの用法は殆ど大部分が「たまふ」(又は「のたまふ」)を受けた「ままへら」「たまへれ」であって、それ以外の動詞を受けたものは(中略)数例に過ぎない。(『平安時代の漢文訓読語につきての研究』697頁》と指摘されている。
 訓点資料は、春日政治著『金光明最勝王経古点の国語学的研究』によると、会話・地の文を含めて未然・連用・終止・連体・已然の五活用形がみえ、いずれも存在態をあらわしている。
 平安時代は歌の世界も話しことばの世界も、書きことばの世界も、ほぼ同じように使用されていたようである。

〈以下略〉……(3)院政鎌倉時代(4)室町時代(5)江戸時代(6)東京時代 




⇒助動詞『り』について②
http://nobinyanmikeko.hatenadiary.jp/entry/2018/06/02/005932