つらつら思うこと

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『~くば』か『~くは』か

形容詞の未然形に『く』を認めるか否かに関しての質問が知恵袋にあったので(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12192383582)、伊勢物語における二箇所の「~くば」or「~くは」がどう表記されているかを調べてみた。


①〈82段〉山のは[なくは]月もいらしを
②〈119段〉これ[なくは]わするゝ時もあらましものを


【A】①なくば②なくば
★新譯繪入伊勢物語吉井勇譯、1917年5月)
伊勢物語新釋(西義一著、1948年8月)
★新編伊勢物語選(武田祐吉編、1952年3月)
古典文庫64/伊勢物語〈天福本・谷森本〉(鈴木知太郎校、1952年11月)
★角川文庫/伊勢物語(中河與一譯註、1953年7月)
★現代語譯日本古典文學全集/伊勢物語(大津有一譯、1954年3月)
★日本国民文学全集5伊勢物語中河与一訳、1956年6月)


【B】①なくば②なくは
★標註伊勢物語新釋(藤井高尚原著、大久保初雄標註、1894年7月)
★日本古典全書/伊勢物語(南波浩校註、1960年7月)
★定本伊勢物語(小澤彰著、1992年1月)


【C】①なくは②なくば
伊勢物語付業平集(鈴木知太郎・田中宗作編、1960年4月)
★狩使本伊勢物語・復元と研究(林美朗著、1998年9月)


【D】①なくば②(この段無し)
改造文庫伊勢物語久松潜一訳、1930年)
★詳解伊勢物語(石泉要編、1932年10月)
★恋の王朝絵巻伊勢物語岡野弘彦著、2008年3月)


【E】①なくは②なくは
★新註伊勢物語(松尾聰編、1952年5月)
伊勢物語精講(池田亀鑑著、1955年4月)
日本古典文学大系9/伊勢物語(大津有一・築島裕校注、1957年10月)
★文法と解釈シリーズ/伊勢物語の文法と解釈(橘誠著、1957年11月)
★国文解釈と鑑賞叢書3/文法設問伊勢物語の解釈と鑑賞(伴久美著、1958年5月)
★古典日本文学全集7王朝物語集~伊勢物語(中谷孝雄訳、1960年7月)
伊勢物語に就きての研究 索引篇(伴久美著、1961年12月)
岩波文庫伊勢物語(大津有一校注、1964年12月)
伊勢物語影印付(山田清市編著、1967年4月)
★校註伊勢物語(松尾聰・永井和子著、1968年4月)
★日本文学全集2―2王朝物語集~伊勢物語中村真一郎訳、1968年10月)
伊勢物語評解(上坂信男著、1969年1月)
★校注古典叢書/伊勢物語(片桐洋一校注、1971年3月)
★校註伊勢物語(鈴木知太郎著、1971年4月)
伊勢物語新解(狩野尾義衛・中田武司著、1971年5月)
伊勢物語総索引(大野晋・辛島稔子編、1972年5月)
講談社文庫/伊勢物語(森野宗明校注、1972年8月)
★日本古典文学全集8(福井貞助校注・訳、1972年12月)
伊勢物語全釈(森本茂著、1973年7月)
★新潮日本古典集成/伊勢物語渡辺実校注、1976年7月)
★創英社対訳日本古典新書/伊勢物語(永井和子訳・注、1978年4月)
講談社学術文庫伊勢物語(下)(阿部俊子訳注、1979年9月)
古典文庫397/伊勢物語〈鉄心斎文庫本〉(山田清市編、1979年10月)
★角川文庫/新版伊勢物語石田穣二訳注、1979年11月)
★異本対照伊勢物語(片桐洋一編、1981年1月)
★現代語訳学燈文庫/伊勢物語(吉岡曠訳、1982年12月)
★完訳日本の古典10/伊勢物語(福井貞助校注・訳、1983年2月)
伊勢物語全釈(中野幸一・春田裕之著、1983年7月)
★わたしの古典3/大庭みな子の伊勢物語(大庭みな子著、1986年5月)
★有精堂校注叢書/伊勢物語(中田武司校注、1986年9月)
★旺文社対訳古典シリーズ/伊勢物語(中野幸一訳注、1990年6月)
★新編日本古典文学全集12/伊勢物語(福井貞助校注・訳、1994年12月)
新日本古典文学大系秋山虔校注、1997年1月)
★新編伊勢物語(神野藤昭夫・関根賢司編、1999年1月)
★笠間文庫原文&現代語訳シリーズ/伊勢物語(永井和子著、2008年3月)


【F】①なくは②(この段無し)
★文法解明叢書/伊勢物語要解(此島正年著、1955年)
★学燈文庫/伊勢物語(池田亀鑑著、1956年9月)
★日本古典鑑賞講座5/伊勢物語(大津有一編、1958年5月)
★古典解釈シリーズ/文法全解伊勢物語(雨海博洋著、1969年1月)
★ジュニア版古典文学4/伊勢物語(望月道子、1975年8月)
★鑑賞日本古典文学5/伊勢物語(片桐洋一編、1975年11月)
★グラフィック版日本の古典3/伊勢物語中村真一郎訳、1976年6月)
★文法鑑賞伊勢物語新解釈(原国人著、1980年10月)
★現代語訳学研版日本の古典/伊勢物語田辺聖子訳、1980年11月)
集英社文庫伊勢物語田辺聖子、1987年7月)
★学研ムック/伊勢物語田辺聖子、1988年8月)
★21世紀によむ日本の古典3/伊勢物語(9倉本由布著、2001年4月)
★日本の古典をよむ6/伊勢物語(福井貞助校訂・訳、2008年5月)


【G】①(この部分無し)②なくは
角川ソフィア文庫/ビギナーズ・クラシックス伊勢物語(坂口由美子編、2007年12月)



二箇所とも『〜くは』としたのは1952年の松尾聰「新註伊勢物語」が一番早いようだが、119段の方は江戸時代の藤井高尚「伊勢物語新釋」において既に『〜くは』となっているのに驚く。

なお『〜くは』となっている本でも『は』を係助詞とする本と接続助詞とする本とがあるのに気づいたので、これも調べてみた。
参考書については上記では学者としても著名な人の著書及び1940年代以前に書かれたものに限ったが以下は私の所持するすべての参考書を対象とする。

【係助詞】
★文法解明叢書/伊勢物語要解(此島正年著、1955年)
★国文解釈と鑑賞叢書3/伊勢物語の解釈と鑑賞(伴久美著、1958年5月)
★要説伊勢物語日栄社編集所編、1964年5月)
★精釈シリーズ19/文法詳解伊勢物語精釈(三ツ木徳彦著、1965年5月)
★明解シリーズ19/伊勢物語(郷衡・田尻嘉信著、1972年11月)
伊勢物語全釈(森本茂著、1973年7月)
★文法鑑賞伊勢物語新解釈(原国人著、1980年10月)
伊勢物語全釈(中野幸一・春田裕之著、1983年7月)
★古典新釈シリーズ4/伊勢物語(春山要子著、1984年10月)
★新・要説伊勢物語日栄社編集所編、1998年7月)

【接続助詞】
★文法と解釈シリーズ/伊勢物語の文法と解釈(橘誠著、1957年11月)
★ニュー・メソッド国文対訳シリーズ1/伊勢物語(小西宏著、1961年4月)
★古典解釈シリーズ/文法全解伊勢物語(雨海博洋著、1969年1月)
★文法解説伊勢物語日栄社編集所編、1973年4月)
★武蔵野古典学習講座2/伊勢物語(野口博久・関恒延・中野猛編著、1978年5月)
★国語 Ⅰ シリーズ3/伊勢物語(奥野光恵著、1982年5月)
★精選古典14/伊勢物語(西谷元夫著、1986年6月)
★必読古典6/伊勢物語(西谷元夫著、1990年7月)

なお接続助詞説の場合、未然形接続とする人(橘誠、小西宏、雨海博洋、野口博久等)と連用形接続とする人(日栄社編集所、奥野光恵、西谷元夫)とがいる。

三ツ木徳彦は係助詞としながら未然形接続としているが、これは明らかに誤り。

また古語辞典で『は』という接続助詞を認めているのは「明解古語辞典」・「新明解古語辞典」・「ベネッセ全訳コンパクト古語辞典」(いずれも未然形接続とする)、また「古語林」には一説として未然形接続の接続助詞『は』を認める説もあると書かれている。
連用形接続の接続助詞『は』を認めている古語辞典は無かった。