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資料……猫関係⑬ 旧石器時代の猫

【これは以前にはてなハイクに書いたもののコピーです】



キャットライフ1982年2月号

随筆・猫の文化史26
旧石器時代の猫
大木卓 動物文化史研究家

エル・フヨ洞窟の石像

 1981年11月28日AP通信によって世界の新聞・テレビに、人類最古の神殿発見云々と報道された、スペインのエル・フヨ El Juyo 洞窟祭祀遺跡の調査研究結果のニュースは、そこから発見された石の頭像の半面は人で半面がネコの顔だということで、私めをビックリ仰天させました。今回はこの問題にからめて、旧石器時代の猫をとりあげてみましょう。
 国内では『サンケイ新聞』、『北海道新聞』などの28日夕刊に割合くわしく出ているのをみましたが、アメリカの『ニューヨーク・タイムズ』28日は、第一面にこれをとり上げており、続いて、香港の『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン』の11月30日に、T・フェレル氏による更にくわしい解説がでました。正式な報告も出ているとのことですが、今は上記の新聞記事を綜合してみますと、スペイン北部の港町サンタルデル市近くのエル・フヨ洞窟で、1万4000年前とみられる神殿遺跡が、シカゴ大学の人類学者レスリー・G・フリーマン、リチャード・G・クライン両氏らによって発見され、洞窟の奥に祭壇と考えられる石板と、小さな土盛りの上に、高さ14インチ、巾13インチ、奥行8インチ(36✕33✕20センチ)の石の頭像が顔を入口の方に向けて立ててあり、その石頭像の向かって左半面は、口ひげとあごひげをたくわえた男の顔で、右半面は、鼻鏡と牙とネコヒゲの表現をそえたネコの顔に彫刻してあったというのです。
 その石頭像のスケッチも同時に発表されていて、どうみてもあんまりネコには見えず、ネコ cat というのも猫科動物くらいの意味で、フェレル氏の記述に、食肉獣の顔で、ライオンからヒョウにもっとも似ている、とあるのが、なっとくできる見解です。たしかに、ライオンの顔に近いようには見えます。
 遺跡近くのサンタルデル市は、同名の県の中心地で、サンタルデル県といえば、野牛などの彩色壁画で早くから知られた旧石器時代の美術遺跡として名高いアルタミラ洞窟があり、この一帯カンタブリア地方はフランス南部と並んでこの種の洞窟遺跡のたくさんある所です。問題のエル・フヨ洞窟祭祀遺跡もアルタミラとほぼ同時代のもので、旧石器時代後期末のマドレーヌⅢ期に属するということです。
 この時代、西ヨーロッパにもまだライオンが棲んでいたことは、南フランスのドルドーニュ県にあるレ・コンバレル洞窟の線刻画、同じく上ガロンヌ県のモンテスパン洞窟の粘土像、その他マドレーヌ期の美術にライオンをあらわしたものがよくあるので、知ることができます。

旧石器時代の猫の絵

 南フランスのドルドーニュ県にあるル・ガビュ洞窟の壁画には、猫をかいたと考えられている線刻の絵があります。ソリュトレ期とマドレーヌ期の間頃といいますから、旧石器時代後期、今から2万年くらい前のものということになります。これなどは当時の美術としては一ばんネコらしく見える例ですが、これとても、ほんとうに猫を表現したものかどうか多少不確かです。この洞窟には、ほかにもウサギか何かのような、かわいらしい獣の絵があります。
 同じ頃のラスコー洞窟は、みごとな動物壁画がたくさんあることで、スペインのアルタミラと並び称せられる有名な遺跡で、1万5000年くらい前のマドレーヌ期のものですが、この洞窟の最深部に、6ぴきの猫科動物をえがいたネコの部屋と呼ばれる小さなホールのあることが知られています。
 そのほか、猫科動物のえがかれた遺跡としては、同じくドルドーニュ県のフォン・ド・ゴーム洞窟の壁画(マドレーヌ期)、スペイン東部のバレンシア県にあるエル・パルパリョ洞窟の石にかかれた絵(ソリュトレ期)などが報告されています。当時の美術は単なる絵という以上に呪術的意味があったと考えられていて、猫科動物にある種の関心が持たれていたことを示しています。

猫科動物と人間の生活

 もちろん旧石器時代にはまだ猫が飼われていたとは考えられていません。しかし、当時の人間でも、を住居附近に迷い込んで来た子猫を、一時的に手なづけることがなかったとは断言できません。以前、東京上野の動物園でサル山の日本猿が、猫を大事そうにしっかり抱えこんで放さないので、猫の方は迷惑そうな顔で抱かれていたのを見たことがあります。おサルさんですらそうなのですから、立派な芸術を残した旧石器時代後期の人間が、後世の家猫の原種になったような小型猫科動物に近親感を示すことがなかったともかぎりません。また一面では、当然食用などの目的で狩猟対象にもなっていたことでしょう。日本の新石器時代貝塚からは、家猫に似た小型猫科の骨がよく出てくるのですが、どうも残念ながら、食料としてとられた野生の猫だったのではないかと見る説がつよいのです。
 これに対して、ライオンなどの大型猫科動物となると、立場はへたをすればさかさまであって、当時の人類にとって最も危険な敵だったと思われます。イタリヤのアレネ・カンディデ洞窟では大型食肉獣に喰い裂かれたらしい旧石器後期の男の遺骨が発見されています。また、そうしたことがかえって大型猫科動物を畏敬すべき神に近い存在にしていた可能性もあります。
 フランス西南部の下ピレネー県にあるイステュリッツ洞窟から出た、トナカイの角で作られたライオンかヒョウのような大型猫科動物の彫像には、肩に槍や矢が当った表現がされていて、人間もなかなかまけてはいなかったようですが、これもまた強敵調伏の呪術的願望のあらわれでもあったのでしょう。こういうことと、それを神に祭るということとはうら腹のようですが、案外関係があるのです。

人猫合体神

 今回のエル・フヨ洞窟祭祀遺跡の石頭像がたしかに旧石器時代末の半人半ライオン像だとすれば、古代エジプトの猫頭人身のバステト、獅子頭人身のセクメトなどの神像や、中南米古代文化の猫科動物と人間との合体神像などに見られる人猫合体神思想が、さらに1万年もさかのぼる勘定になるわけですが、可能性としてはけっしてあり得ないことではありません。
 たとえば、南フランスのレ・トロワ・フレール洞窟には、やはりマドレーヌ期の壁画に、鹿の頭や野牛の頭をした人間の像がえがかれていて、このような半動物半人間は、当時の呪術師の姿だと考えられています。この洞窟にはライオンの絵もあります。
 旧石器時代ではありませんが、日本にも縄文中期、新石器時代土偶に、猫の仮面をかぶった人間の像といわれているものがあります。山梨県東八代郡御坂町上黒駒から出土した現存部の高さ25センチほどの上半身像で、東京国立博物館に所蔵されており、今から4000〜4500年くらい前のものでしょう。その面体は、当時本州に棲息していた恐らく最大の猫科動物だった大山猫に似ています。これも巫術者ないしは呪術師の像で、土偶自体は一種の神像であったのでしょうが、顔の作りがどことなく、エル・フヨの石頭像に通ずるところがあるのは面白いことです。
 猫科動物と人間との合体思想は、動物に変身し、動物の力を借り、動物の世界に通じて事を行なおうとする巫術信仰の集約であって、中近世ヨーロッパの魔女俗信などもそのなれのはてであり、それが狩猟を業としていた旧石器時代に端を発したということは当然考えられるのです。