つれづれ思うこと

特にテーマは決めずに書きます

駅伝に思う

箱根駅伝からは少し日日が経ってしまったが、駅伝について日頃思っていることを。

もう何十年か前のことだが、箱根駅伝の6区の山下りで脚を痛めて、小田原の中継点近くで遂に歩くこともできなくなり、襷を握って這って行って次の走者に襷を渡したランナーがいた。

スポーツ紙などでは、あの時「襷は繋がった」「母校のために」と美談扱いだったが、私は見ていて痛々しかった。もっと早く監督が止めるべきだと思った。
走者が無理をしたり監督が止めるのを躊躇ってしまうのは今の駅伝のルールにも原因があると思う。

今のルールでは棄権した走者がいると、そのチームは翌年は予選会に回らねばならない。それはまあ良いとしても、一人棄権すれば、それ以後の区間の走者は走ることもできないし、それ以前の区間を走った走者の記録も抹消されるので、区間新で走った走者の記録が抹消されて「幻の区間新」になったケースもあるという。

駅伝の解説者たちも誰もこうした規約を批判する人がいないのは不思議だ。個人の記録まで抹消する必要は無いと思うし、後の走者も制限待ち時間一杯まで待った上で走らせ、個人記録として公認すれば良い。そうすれば意識朦朧となっている走者をなかなか止めないという心苦しい光景は無くなるのではないか。

また関東学生連盟(旧学連選抜)の記録も個人記録としては公認すべきだと思うし、留学生が関東学生連盟で走ることができないのもおかしい。以前に予選会で流通経済大学の留学生二人が断トツの一・二位になったが、他の八人のタイムが遅くてチームとしては出場できず、学連選抜も留学生不可という事で走れないという事があった。関東学生連盟は留学生も走れるようにすべきだと思う。

今の箱根駅伝のルールでは一定の人数までは当日変更が認められているが、このルールがチームの作戦に利用され、あて馬に使われる選手が大量に出ているのは好ましい事ではない。
基本的に選手変更は体調不良などの場合に限るべきだ。ただ、感染症の場合も考えて変更できる人数に制限は設けなくて良いと思う。

サヘル・ローズさんの記事について

東京新聞1月12日付夕刊に「クロスロード 人生のとき」という良い記事が載っている。

この記事は東京新聞のウェブサイトには無く、13日付の毎日新聞にも同じ記事が載ったようで、毎日新聞のウェブサイトにはあるが、有料記事のため有料登録しないと一部しか読めない。(どうやら共同配信の記事のようなので他にも載っている新聞があるかも知れない)

新聞のウェブサイトは載ってもいずれ抹消されるのだろうし、せっかくの良い記事なので、ここに全文を再録する。


【クロスロード 人生のとき】
闇の向こうの景色求めて
女優サヘル・ローズさん 孤児院で運命的出会い
「世界で苦しむ子の希望の光に」

 出会いは偶然だった。「私たちをもらってくれませんか」。イラン政府は1990年代、テレビで孤児たちの養子縁組を募集していた。80年に始まったイラクとの戦争は8年後に停戦合意。しかし戦禍の傷痕は深く、多くの幼子が親を失った。
 たまたまテレビを見た大学生フローラ・ジャスミンの目は孤児院の少女にくぎ付けに。「小柄でかわいい。会ってみよう」。後の女優サヘル・ローズだった。

 ▷養子縁組

 大学で心理学を専攻していたフローラは、医師や看護師らと戦場で救出活動ボランティアの経験があった。フローラと面会した七歳のサヘルは無邪気に「お母さん」と呼ぶ。「見つめられ、その『視線』から自分が生まれたような感覚」とサヘルは振り返る。面会を重ねた後、フローラはサヘルに語りかけた。「私の子どもになる?」
 フローラの両親は当初反対した。イランで養子縁組するには子どもを産めない手術が必要になる。「そこまでして、どうして私を」。サヘルの疑問が氷解したのは大人になってからだった。
 フローラは幼い時に育児放棄され、祖母に育てられた。サヘルは言う。「一番大切な時に親の愛情を受けていない。自分の境遇と重ね、私に孤独を味わわせたくなかったのでしょう」
 サヘルを養子にしたフローラは家庭教師のアルバイトで生計を立てていた。だが生活は苦しく、頼みの綱は日本で働く夫。93年8月、二人は混迷深まる国から日本へ旅立った。

 ▷一杯のラーメン

 新天地の生活もいばらの道に。三人は埼玉県のアパートで暮らしたが、次第に関係がぎくしゃくしてしまう。来日から三週間後の夜、フローラとサヘルは家出した。頼れる人はいない。向かった先は公園だった。
 滑り台下のコンクリート製土管が「寝室」。サヘルは朝、公園の水道で顔を洗ってから小学校へ。フローラは来日後から働き始めた化粧品瓶製造工場に出掛けた。
 夕方に公園で待ち合わせし、近くのスーパーに行く。賞味期限近のパンの耳を買って空腹をしのいだ。学校側も異変に気づく。毎日、同じ洋服。どんどん汚れる。ある日、サヘルは校門で「給食のおばちゃん」に「大丈夫?」と声を掛けられた。フローラと一緒におばちゃんの家に一時、身を寄せる。二週間のホームレス生活は終わった。
 その後、フローラは離婚。仕事を変え、二人はアパートを転々とした。唯一の楽しみはスーパーのフードコートで、しょうゆラーメンを食べること。注文は一杯だけ。フローラは一口だけ食べると「後は食べて。お母さんのおなかは小さいけら」とサヘルに勧めた。彼女の習い事や学費を賄うため、食費を切り詰めていた。

 ▷小さなバラ園

 サヘルは凛としたフローラの行動に、いつも驚かされた。おにぎりを路上生活者に手渡したこともある。「私は今、我慢すれば明日は食べることができる。この人は明日も、あさっても我慢しなければならない」
 サヘルは中学生の時、上履きを校舎の窓から捨てられるなどのいじめに遭う。悲観という袋小路に入り、自殺を考えた。フローラに打ち明けると「いいよ」と意外な返事。「でもお母さんも一緒に連れて行って。サヘルがいないと生きる意味がないから」。言葉の一つ一つがサヘルの心の琴線に触れた。
 サヘルは戦争で人生が翻弄された。一方で「フローラも私を養子にしなかったら、幸せな生活を送ったかもしれない」と呵責の念にも襲われる。
 そうしたサヘルの心のひだを見透かしたようにフローラはやさしく諭す。「あなたは生き延びたんだよ。世界で苦しむ子の希望の光になってほしいの」。迷い、悩み、不安に押しつぶされるようになる時、サヘルは「試練という名の遠足」と前を向くようになった。
 高校在学中、ラジオのリポーターをきっかけに芸能界入り。女優の傍ら、虐待された子どもや、海外の貧しい子への支援を続ける。自分の体験を通して「闇の向こうには新しい景色が広がっている。自分で地図を描けることを子どもたちに伝えたい」と訴える。フローラからのバトンを引き継ぐかのように。
 フローラと一緒に暮らすサヘルは約四年前、自宅近くの空き地を借りた。フローラや近所の人と小さなバラ園(約50平方㍍)を造るためだ。毎年五月、バラの甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 フローラが付けた「サヘル・ローズ」という名前。サヘルはサハラ砂漠乾燥地帯、ローズはバラの花を指す。バラは砂漠で育ちにくい。「困難でも力強く生きて」という願いが込められている。
 血はつながっていなくても、数奇な運命の糸で結ばれた二人。「これからは私が支える番」。サヘルは病気がちなフローラを気遣った。

(敬称略、文・志田勉、写真・牧野俊樹=いずれも共同)


《戦争加害者と被害者》
[橋渡しの役割 担いたい]

 2019年、サヘルはイラクを訪れた。フローラから「イラクを絶対に憎んでは駄目よ。あなたと同じような孤児がいるのだから」と言われていたからだ。
 イラン攻撃の最前線にいたイラクの元兵士と会った。サヘルがイランの孤児だったと伝えると、元兵士は「戦いたくて戦ったわけではない。本当に許してほしい」と涙ぐんだ。
 明日という日を迎えるために、武器を持ち、知らない人たちに銃を向けた元兵士の苦悩。「初めて戦争の怖さを知った」とサヘル。加害者と被害者。両者の心の傷を溶かそうと、サヘルは橋渡しの役割を担おうとしている。


サヘル・ローズの歩み》

1993年:養母のフローラと一緒に来日

2004年:東海大入学

2006年:テレビのリポーター始める

2018年:写真詩集「あなたと、わたし」出版

2019年:イタリア・ミラノ国際映画祭で最優秀主演女優賞受賞


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サヘルさんも素晴らしいが、フローラさんの生き方にはひたすら感動するのみ。
不妊手術を受けないと養子縁組ができないというイランの法にも驚くが、それでもサヘルさんを養女としたフローラさんの生き方は聖人として末代まで称えられて良いと思う。

 

知恵袋の回答/2020.12.10

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14235279144?fr=and_other

土左日記の「講師」の歴史的仮名遣い(字音仮名遣い)が「かうじ」か「こうじ」かについて。


★「かうじ」とする辞書

△角川新版古語辞典(久松潜一・佐藤謙三編、1973年、角川書店
△角川古語大辞典(中村幸彦・岡見正雄・阪倉篤義編、1982年、角川書店
三省堂セレクト古語辞典(桑原博史・三省堂編修所編、1987年、三省堂
△岩波古語辞典/補訂版(大野晋佐竹昭広・前田金五郎編、1990年、岩波書店
△例解古語辞典/第三版(小松英雄佐伯梅友・森野宗明他編、1992年、三省堂
△旺文社高校基礎古語辞典/第二版(古田東朔監修、旺文社編、1997年、旺文社編)
△旺文社古語辞典/第十版増補版(松村明・山口明穂・和田利政編、2015年、旺文社)

★「かうじ」「こうじ」とも項目が有るが、語釈は「かうじ」に書かれている辞書

△角川最新古語辞典/増補版(佐藤謙三・山田俊雄編、1980年、角川書店
△学研新古語辞典(市古貞次編、1986年、学習研究社
△角川必携古語辞典(山田俊雄・吉川泰雄編、1988年、角川書店
△要語全訳必修古語辞典(平田喜信編、1992年、学習研究社
講談社キャンパス古語辞典(馬淵和夫編、1995年、講談社
△新明解古語辞典/第三版(金田一春彦三省堂編修所編、1995年、三省堂
△角川必携古語辞典/全訳版(山田俊雄・吉川泰雄・室伏信助編、1997年、角川書店
△完訳用例古語辞典(小久保崇明他編、1999年、学習研究社
三省堂詳説古語辞典(秋山虔渡辺実編、2000年、三省堂
△全訳用例古語辞典/第二版(学研辞典編集部編、2002年、学習研究社
△角川全訳古語辞典(久保田淳・室伏信助編、2002年、角川書店
△旺文社全訳学習古語辞典(宮腰賢・石井正己・小田勝編、2006年、旺文社)
三省堂全訳基本古語辞典/第三版増補版(鈴木一雄・桑原博史他編、2007年編、三省堂
△学研全訳古語辞典/第二版(小久保崇明他編、2014年、学研教育出版
△学研学習用例古語辞典/改訂第三版(菅野雅雄・中村幸弘編、2015年、学研教育出版
三省堂全訳読解古語辞典/第五版(鈴木一雄・小池清治他編、2017年、三省堂
△旺文社全訳古語辞典/第五版(宮腰賢・石井正己・小田勝編、2018年、旺文社)

★「こうじ」とする辞書

講談社古語辞典(佐伯梅友・馬淵和夫編、1969年、講談社
△旺文社標準古語辞典(鈴木一雄編、1973年、旺文社)
三省堂古語辞典/修訂版(小松英雄編、1974年、三省堂

★「かうじ」「こうじ」とも項目が有るが、語釈は「こうじ」に書かれている辞書

△旺文社学習古語辞典/改訂版(鈴木一雄編、1977年、旺文社)
△学研要約古語辞典(吉沢典男編、1987年、学習研究社

★「かうじ」「こうじ」とも項目が有り、双方に語釈が書かれている辞書

△角川古語辞典/改訂版(武田祐吉久松潜一編、1963年、角川書店
△精解古語辞典(金子武雄・三谷栄一編、1970年、金園社)

猫のコッコが死んだ。

猫のコッコ(雉白、♂、2歳8ヶ月余)が死んだ。

何か元気が無いなと思ったのが二週間くらい前。それから4,5日した頃、左眼が異常に大きくなっているのに気づいて、調べて緑内障と判った。おそらく緑内障で左眼の視力は無くなっているのだろうけど、右眼は正常なようだし、緑内障自体は致命的な病気では無いだろうと思ったので、やや不自由な生活になるだろうけど、生きるの死ぬのという状況では無いと思っていた。

ところが今日ワイモバイルに行って機種変して、夕方帰ってみると、コッコが倒れていた。はじめ寝ているのかと思ったけど、よく見たら息をしていない。触るともう死後硬直の状態だった。

何かいつも存在感が希薄で、自己主張しないままの一生だったな。

このエッセイは良かった

今日の夕刊に載っていた「新聞配達に関するエッセイコンテスト」の最優秀賞の「祖父の手帳」という大塚遥香さんという人のエッセイがとてもいい。
胸に来るね。

https://www.pressnet.or.jp/about/recruitment/essay/works_2020.html#daigakuhighest

猫のコシローが死んだ💧

夕方、猫のコシローが死んだ。

コシローは4月19日に銀ニャンが初産で産んだ三匹の中の一匹。

5ヶ月と5日の命だった。

猫は6ヶ月で発情可能になるので、一応6ヶ月になったら大人の猫になったと考えることにしているけど、あと1ヶ月弱で大人になれるというところまで来ての突然の死だった。

今まで三匹は元気で仲が良かったけど、コシローはちょっと食が細くて他の二匹より小柄なのが気になっていた。

昨夜、コシローの歩き方がおかしいと気づいて、それからまる一日弱で死に至った。

死因はよく判らないけれども時々強い痙攣が全身にあったので脳神経に異常が生じたのか。

生保を受けているので獣医に連れて行けないのが辛い。

コシローは大人しくて賢い子で、頭を撫でると喉を盛大にゴロゴロさせる子だった。
最期を看取ってやれたのがせめてもの慰めかな。

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