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角川古語辞典〜角川全訳古語辞典

角川書店は1958年に「角川古語辞典・初版」を出していて、これは現代型古語辞典としては1953年の三省堂の「明解古語辞典・初版」に次いで古い。
角川書店の古語辞典は「角川古語大辞典」「古典基礎語辞典」を除けば、複数の編者の誰かが次の古語辞典の編纂に関わるというリレー方式で「角川古語辞典・初版」から現在の「角川全訳古語辞典」まで延々と続いているのが特徴だ。


🔷角川古語辞典・初版(編者:武田祐吉久松潜一、1958年3月15日初刷、A6版、3段組み、本文912頁、付録〈動詞・形容詞・形容動詞・助動詞活用表、主要助詞一覧表、文法事項について、枕詞・季語一覧表、服飾・武具・調度・車輿・紋どころ図、寝殿造図、能舞台図・清涼殿図・音階表、内裏・大内裏図、平安京図、旧国名地図、官職一覧表、時刻方位表・月の別名、貨幣・干支表、名数表、用例出典一覧表、難音難訓索引、日本文学史年表、年代対照表〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵なし、コラムなし、収録語数不明)

🔳初版から挿絵入りで、「明解古語辞典」は1962年の新版から挿絵入りになったので、挿絵を入れたのは、この角川古語辞典が一番早い。
収録語数の表示が無いが、頁数を考えると明解の初版よりは若干少ないか。
三省堂や旺文社が編者として自社の編集部を記載しているのに対して、角川書店は記載していない。

【語釈】
《いろごのみ》
恋愛の情を解すること。また、その人。
「━━といはるる限り五人、思ひやむ時なく、夜昼来けり」〔竹取〕
《なら・なく・に》
そうではないのに。それではないのに。
「なでしこが花のみとはむ君━━」〔万4447〕。
「住吉の松━━ひさしくも」〔大和〕
《ひ・づ》
①(自ダ四・上二)水につかる。浸る。ぬれる。
「人にな着しめぬれは━━・づとも」〔万374〕。
②(他ダ下二)水につける。ぬらす。浸す。
「手を━━・でて、寒さも知らぬいづみにぞ」〔土佐〕

🔳書名・和歌は項目を立てていない。
用例の和歌は初版から国歌大観番号が付されていて、これもこの辞典が一番早いようだ。ただ、〔竹取〕〔大和〕など作品については書名のみで、段数や巻名の表示は無い。
動詞の活用行を記したのも、この角川古語辞典が最初。


🔷角川古語辞典・改訂版(編集:武田祐吉久松潜一・佐藤謙三・三木孝・橋本研一、1963年1月15日初刷、1964年1月15日35刷、A6版、3段組み、本文1,102頁、付録〈出典一覧表、品詞分類について、文法表、万葉仮名一覧、上代特殊かなづかい例語集、枕詞一覧、歌枕一覧、季語一覧、干支表、二十四節気・雑節・七十二候一覧、官職一覧表、武家職制表、古典文学系図、度量衡の単位と変遷、江戸時代の貨幣制度、参考地図、平安京条坊図・大内裏図・内裏図、清涼殿図、建築図、仏像図、印相図、服飾図、武具図、馬具図、車輿図、庶民の風俗、紋どころ図、音階表・五街道一覧、能舞台図・歌舞伎舞台図、伎楽面・舞楽面・能面・狂言面、作り物、ひらがな・カタカナ異体字表、年中行事一覧、日本古典文学便覧、日本文学史年表、難音難訓漢字索引、新旧かなづかい対照表、年号五十音索引、年代対照表、時刻方位表・月の別名・旧国名地図・東海道地図〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵なし、コラムなし、収録語公称4万1千)

🔳「角川古語辞典・改訂版」は途中で判型が変っているが、これは初版と同じA6版の初期の改訂版。本文も190頁という大幅な増補がなされ、付録も一変した。
ひらがなの変体仮名を載せているものは珍しくないが、カタカナの異体字表を載せているものは珍しい。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。
「その中になほいひけるは、━━といはるるかぎり五人、思ひやむときなく、夜昼来けり」〔竹取〕
②好色な人。
「主なき女をよびて、料足を取らせて会ふことを━━といふなり」〔伽・物ぐさ太郎〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形「なら」+打消の助動詞「ぬ」の未然形「な」+準体助詞「く」+終助詞「に」〙
そうではないのに。それではないのに。
「なでしこが花のみ訪トはむ君━━」〔万・4447〕。
「住吉の松━━久しくも」〔大和〕
《ひ・づ》
①(自ダ四・上二)水につかる。浸る。ぬれる。
「白たへの袖━━・づまでに泣きし思ほゆ」〔万・2518〕。
「袖━━・づる時をだにこそ嘆きしか」〔蜻蛉・中〕
②(他ダ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・でて、寒さも知らぬいづみにぞ」〔土佐〕

🔳《いろごのみ》は初版の語釈を①として、さらに②の語義が追加された。
《ならなくに》は構成についての解説が付いたが、【打消の助動詞「ぬ」】とか【終助詞「に」】という解説は疑問符が付く。
《ひ・づ》の①は用例が差し替えられた。


🔷角川古語辞典・改訂版(編集:武田祐吉久松潜一・佐藤謙三・三木孝・橋本研一、1963年1月15日初刷、1966年1月25日85刷、小B6版、3段組み、本文1,126頁、付録〈出典一覧表、品詞分類について、文法表、万葉仮名一覧、上代特殊かなづかい例語集、枕詞一覧、歌枕一覧、季語一覧、干支表、二十四節気・雑節・七十二候一覧、官職一覧表、武家職制表、古典文学系図、度量衡の単位とその変遷、江戸時代の貨幣制度、参考地図、平安京条坊図・大内裏図・内裏図、清涼殿図、建築図、仏像図、印相図、服飾図、武具図、馬具図、車輿図、庶民の風俗、紋どころ図、五街道一覧・音階表、能舞台図・歌舞伎舞台図、伎楽面・舞楽面・能面・狂言面、作り物、ひらがな・カタカナ異体字表、年中行事一覧、日本古典文学便覧、日本文学史年表、難音難訓漢字索引、新旧かなづかい対照表、年号五十音索引、年代対照表、時刻方位表・月の別名・旧国名地図・東海道地図〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵なし、コラムなし、収録語公称4万1千)

🔳A6判から小B6判へと大きくなった改訂版の後期版。本文頁数も増えているが、公称収録語数は変わらず。付録もほぼ変わらず。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。
「その中になほいひけるは、━━といはるるかぎり五人、思ひやむときなく、夜昼来けり」〔竹取〕
②好色な人。
「主なき女をよびて、料足を取らせて会ふことを━━といふなり」〔伽・物ぐさ太郎〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形「なら」+打消の助動詞「ぬ」の未然形「な」+準体助詞「く」+終助詞「に」〙
そうではないのに。それではないのに。
「なでしこが花のみ訪トはむ君━━」〔万・4447〕。
「住吉の松━━久しくも」〔大和〕
《ひ・づ》
①(自ダ四・上二)水につかる。浸る。ぬれる。
「白たへの袖━━・づまでに泣きし思ほゆ」〔万・2518〕。
「袖━━・づる時をだにこそ嘆きしか」〔蜻蛉・中〕
②(他ダ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・でて、寒さも知らぬいづみにぞ」〔土佐〕

🔳語釈の変更は無し。


🔷角川新版古語辞典(編集:久松潜一・佐藤謙三・山田俊雄・吉川泰雄・室伏信助・鷺只雄・秋葉直樹・小林祥次郎・岡崎正継、1973年1月初刷、1987年1月10日194刷、小B6版、3段組み、本文1,249頁、付録〈古文解釈と文法、文法表、平安京条坊図、平安京大内裏図、平安京内裏図、清涼殿図、寝殿造図、仏像図・印相図、服飾図、武具図、馬具図、車輿図、雅楽器・音階表、古典芸能図、舞台図(能・歌舞伎・人形浄瑠璃)、官位相当表、公家官制表、武家職制表、古典文学系図、度量衡の単位とその変遷、江戸時代の貨幣制度、名歌・名句通釈、枕詞一覧、名所歌枕一覧、五街道一覧、芭蕉時代における季語一覧、年中行事一覧、月の異名、十干十二支・二十四節気・雑節一覧表、時刻と方位、月齢表、日本史年表、年代対照表、国語・国文学便覧、日本語の変遷、万葉仮名一覧、ひらがな異体字表、カタカナ異体字表、歴史的かなづかい一覧〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー8頁、コラムなし、収録語公称4万5 千)

🔳公称収録語数が4万5千語になって、1969年刊の講談社古語辞典に並び、現在に至るまで中判古語辞典では最多の収録語数になっている。
武田祐吉博士の逝去により、佐藤謙三氏が編者として久松潜一博士とともに表紙に載った。
付録は大幅に入替えが行われ、「名歌名句通釈」などが新たに組み込まれた一方で、「上代特殊かなづかい例語集」などが削除された。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。
「その中になほ言ひけるは、━━といはるるかぎり五人、思ひやむときなく、夜昼来けり」〔竹取〕
②好色な人。
「主なき女をよびて、料足を取らせて会ふことを━━といふなり」〔伽・物くさ太郎
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形「なら」+打消の助動詞の未然形「な」+接尾語「く」+接続助詞「に」〙
そうではないのに。それではないのに。
「なでしこが花のみ訪トはむ君ならなくに」〔万・20・4447〕。
「住吉の松ならなくに久しくも」〔大和11〕
《ひ・つ》
①(自タ四・上二)〘古くは四段活用にも用いた〙
水につかる。浸る。ぬれる。
「白たへの袖━━・つまでに泣きし思ほゆ」〔万・11・2518〕。
「袖━━・つる時をだにこそ嘆きしか」〔蜻蛉・中〕
②(他タ下二)水につける。水に浸す。ぬらす。
「手を━━・てて、寒さも知らぬいづみにぞ」〔土佐・二月四日〕

🔳《ならなくに》の構成の解説が変って、【打消の助動詞「ぬ」の未然形】から「ぬ」が削除されて【打消の助動詞の未然形】となったが、その前は【
断定の助動詞「なり」の未然形「なら」】となっているので、整合性を欠く印象。【準体助詞「く」】は【接尾語「く」】に変った。「準体助詞」という概念が橋本文法のもので、学校文法では教えないものだからか。
【終助詞「に」】は【接続助詞「に」】に変ったが、終助詞・接続助詞とも接続面で疑問がある。
《ひ・つ》は、この版から清音に変った。「明解」は1962年の「新版」から「ひつ」になっているので、角川は11年遅れとなった。
この版では「名歌名句通釈」が付録に付いたが、和歌は万葉集古今和歌集新古今和歌集だけが対象なので、《おしなべて》の歌は入っていない。


🔷角川最新古語小辞典(編集:佐藤謙三・山田俊雄・室伏信助・小林祥次郎・青木幹雄・吉沢中正・藤本憲信・武田友宏、1975年1月10日初刷、1978年1月10日16刷、小B6版、3段組み、本文636頁、付録〈古文解釈入門、現代かなづかいの要領、文法表、紛れやすいことばの見分け方、日本の文字・文章のすがた、国語・国文法用語便覧、十干十二支、時刻と方位、官位相当表、日本古典文学便覧、年代対照表、歴史的かなづかい一覧〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー8頁、コラムなし、収録語公称1万1 千)

🔳「角川最新古語辞典」と内容は同じ。「小辞典」とは言ってもサイズは「角川最新古語辞典」と同じで、薄い紙を使うことで厚さを抑えた辞書。こうしたタイプの「小辞典」は他に例が無い。
「角川最新古語辞典」「角川最新古語小辞典」とも高校生向けに収録語を「角川新版古語辞典」の1/4ほどに抑えた辞書。本文頁数も「角川新版」の約半分。付録もかなり整理されている。
小B6判より若干縦が短い。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。好色な人。好き者。
「━━と言はるる限り五人、思ひやむ時なく、夜昼来ける」〔竹取〕
②実際的なことよりも、風流・風雅な方面に関心・理解があること。また、その人。
「世に二人三人の賢き━━出でて、盛りにもてはやし侍るより」〔ささめごと・上〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の古い未然形「な」+接尾語「く」+接続助詞「に」〙
上代・中古の和歌に用いられる。体言・準体言・活用語の連体形に付く。
……ではないことだなあ。……ではないことよ。……ではないのに。
「幣マヒしつつ君がおほせる撫子が花のみ訪トはむ君ならなくに」〔万葉・20・4447〕。
「物思ひの深さ比べに来て見れば夏の茂りも物ならなくに」〔蜻蛉・中・天禄二年〕
「めづらしき声ならなくにほととぎすここらの年を飽かずもあるかな」〔古今・賀・359〕
《ひ・つ》
①(自タ四・上二)〘中世ごろから「ひづ」〙
水につかる。浸る。ぬれる。
「白妙の袖━━・つまでに泣きし思ほゆ」〔万葉・11・2518〕。
「袖━━・ちて掬ムスびし水の凍れるを」〔古今・春上・2〕
【参考】上二段の例は平安中期ごろから。
②(他タ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・てて、寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日ごろ経にける」〔土佐・二月四日〕
伊勢物語
①種類:歌物語。
②成立:平安前期(原形は十世紀前半ごろか)。
③作者:未詳。
④注記:在原業平を思わせる男を中心に、愛の諸相を描く叙情的な短編百二十五段から成る。

🔳収録語数は抑えているが、語釈はむしろ「新版」よりも詳しくなっている。
《いろごのみ》は「新版」の②が①に統合されて、新たな語義が②として立てられた。
《ならなくに》は時代及び接続の注記がついた。語釈の変更・用例の差替えもある。
《ひ・つ》は時代の注記がついたり、用例の変更・引用部分の増加が見られる。
伊勢物語》は巻末付録の「日本古典文学便覧」に収められた「伊勢物語」を引用した。


🔷角川最新古語辞典・増補版(編集:佐藤謙三・山田俊雄・室伏信助・小林祥次郎・青木幹雄・吉沢中正・藤本憲信・武田友宏、1980年1月10日初刷、1998年1月20日64刷、小B6版、3段組み、本文636頁、付録〈古文解釈入門、「現代仮名遣い」の要領、文法表、紛れやすいことばの見分け方、日本の文字・文章のすがた、国語・国文法用語便覧、十干十二支、時刻と方位、官位相当表、日本古典文学便覧、歴史的かなづかい一覧、年号対照表〉、単色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー8頁、コラムなし、収録語公称1万1 千)

🔳増補版となっているものの、公称収録語数・本文頁数とも初版と同じで、新「現代仮名遣い」の制定に合せて【現代かなづかいの要領】が【「現代仮名遣い」の要領】に書き換えられたのが目立つくらいか。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。好色な人。好き者。
「━━と言はるる限り五人、思ひやむ時なく、夜昼来ける」〔竹取〕
②実際的なことよりも、風流・風雅な方面に関心・理解があること。また、その人。
「世に二人三人の賢き━━出でて、盛りにもてはやし侍るより」〔ささめごと・上〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の古い未然形「な」+接尾語「く」+接続助詞「に」〙
上代・中古の和歌に用いられる。体言・準体言・活用語の連体形に付く。
……ではないことだなあ。……ではないことよ。……ではないのに。
「幣マヒしつつ君がおほせる撫子が花のみ訪トはむ君ならなくに」〔万葉・20・4447〕
「物思ひの深さ比べに来て見れば夏の茂りも物ならなくに」〔蜻蛉・中・天禄二年〕
「めづらしき声ならなくにほととぎすここらの年を飽かずもあるかな」〔古今・賀・359〕
《ひ・つ》
①(自タ四・上二)〘中世ごろから「ひづ」〙
水につかる。浸る。ぬれる。
「白妙の袖━━・つまでに泣きし思ほゆ」〔万葉・11・2518〕。
「袖━━・ちて掬ムスびし水の凍れるを」〔古今・春上・2〕
【参考】上二段の例は平安中期ごろから。
②(他タ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・てて、寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日ごろ経にける」〔土佐・二月四日〕
伊勢物語
①種類:歌物語。
②成立:平安前期(原形は十世紀前半ごろか)。
③作者:未詳。
④注記:在原業平を思わせる男を中心に、愛の諸相を描く叙情的な短編百二十五段から成る。

🔳語釈は変更無し。


🔷角川必携古語辞典(編集:山田俊雄・吉川泰雄・室伏信助・小林祥次郎・吉澤中正・武田友宏、1988年11月5日初刷、1990年10月20日重刷、小B6版、3段組み、本文874頁、付録〈文法表、名歌・名句一覧、文学史年表、年中行事一覧、年号索引〉、二色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー56頁、コラム〈ことばの窓・文法の窓・古典の窓・同形のことばの見分け方〉、収録語公称1万5千)

🔳「最新」よりも公称収録語を4千語増やしたほか、二色刷り化、カラー口絵の大幅増、コラムの採用など、かなり刷新されている一方で、付録はかなり削除されている。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。好色な人。好き者。
「━━と言はるる限り五人、思ひやむ時なく、夜昼来ける」〔竹取・貴公子たちの求婚〕
②風流・風雅を解する人。
「世に二人三人の賢き━━出でて、盛りにもてはやし侍るより」〔ささめごと・上〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の古い未然形「な」+接尾語「く」+接続助詞「に」〙
上代・中古の和歌に用いられる。
[接続]体言・準体言、活用語の連体形に付く。
[意味・用法]……ではないことだなあ。……ではないことよ。……ではないのに。
陸奥のしのぶもぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」〔伊勢・1〕
「めづらしき声ならなくにほととぎすここらの年を飽かずもあるかな」〔古今・賀〕
《ひ・つ》
①(自タ四・上二)〘中世ごろから「ひづ」〙
水につかる。浸る。ぬれる。
「白妙の袖━━・つ(四段)までに泣きし思ほゆ」〔万葉・11・2518〕。
「袖━━・つる(上二段)時をだにこそ嘆きしか」〔蜻蛉・中〕
【参考】上二段の例は平安中期ごろから。
②(他タ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・てて、寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日ごろ経にける」〔土佐・二月四日〕
伊勢物語
歌物語。作者未詳。数回の増補・加筆を経て十世紀中ごろ以降に成立したと思われる。百二十五段から成り、大部分の段は「昔、男……」「昔、男ありけり」の書き出しで始まる。随所に在原業平の歌が用いられ、業平と思われる男を主人公とした一代記風の構成をとる。元服した貴公子の恋の段で始まり、失恋や流離の旅などの話を間に配して、男が辞世の歌を詠む段で終わる。
業平と無関係の話も多く、「伊勢物語」全体の主題は、男女の愛のさまざまな姿や人の心の真実を語るところにある。別称「在五が物語」「在五中将の日記」は、在原氏の五男で近衛中将であった業平の物語(日記)の意。略称「勢語」。

🔳《ならなくに》の用例に初めて源融の「陸奥の」の歌が採られた。
書名が初めて項目として立てられた。「伊勢物語」の解説は他書より詳しいが、「数回の増補・加筆を経て」などやや疑問を覚える記述もある。
付録に「名歌・名句一覧」はあるが、《おしなべて》の歌は載っていなかった。


🔷角川必携古語辞典・全訳版(編集:山田俊雄・吉川泰雄・室伏信助・小林祥次郎・吉澤中正・武田友宏、1997年11月10日初刷、小B6版、3段組み、本文1,100頁、付録〈文法表、文法要語解説、名歌・名句一覧、和歌・俳句総合索引、日本文学史年表、年中行事一覧〉、二色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー7頁、コラム〈ことばの窓・文法詳説・古典の世界・同形語の識別〉、収録語公称1万6千)

🔳本文の頁数が大幅に増えたのは全訳が付いたからだけではなく、収録語数も1千語増えたからと思われる。その一方で巻頭カラー口絵は大幅に削られた。付録も前の版に続き少なめ。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情を解すること。また、その人。好色な人。好き者。
「━━と言はるるかぎり五人、思ひやむ時なく、夜昼来けり」〔竹取・貴公子たちの求婚〕
【訳し方注意】
「色好み」は、現代では非難の意味で用いられることが多いが、古典では必ずしも悪い意味ばかりではない。教養も豊かで、恋愛の情趣を解する人をいう。
②風流・風雅を解する人。
「世に二人三人の賢き━━出でて、盛りにもてはやし侍るより」〔ささめごと・上〕
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」の古い未然形「な」+接尾語「く」+接続助詞「に」〙
上代・中古の和歌に用いられる。
[接続]体言・準体言、活用語の連体形に付く。
[意味・用法]……ではないことだなあ。……ではないことよ。……ではないのに。
陸奥のしのぶもぢ摺り誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに」〔伊勢・1〕
「めづらしき声ならなくにほととぎすここらの年を飽かずもあるかな」〔古今・賀・359〕
《ひ・つ》
①(自タ四・上二)〘中世ごろから「ひづ」〙
水につかる。浸る。ぬれる。
「我妹子が我れを送ると白妙の袖━━・つ(四段)までに泣きし思ほゆ」〔万葉・11・2518〕。
「袖━━・つる(上二段)時をだにこそ嘆きしか身さへ時雨のふりもゆくかな」〔蜻蛉・中〕
【参考】上二段の例は平安中期ごろから。
②(他タ下二)水につける。浸す。ぬらす。
「手を━━・てて、寒さも知らぬいづみにぞ汲むとはなしに日ごろ経にける」〔土佐・二月四日〕
伊勢物語
歌物語。作者未詳。数回の増補・加筆を経て十世紀中ごろ以降に成立したと思われる。百二十五段から成り、大部分の段は「昔、男……」「昔、男ありけり」の書き出しで始まる。随所に在原業平の歌が用いられ、業平と思われる男を主人公とした一代記風の構成をとる。元服した貴公子の恋の段で始まり、失恋や流離の旅などの話を間に配して、男が辞世の歌を詠む段で終わる。
業平と無関係の話も多く、「伊勢物語」全体の主題は、男女の愛のさまざまな姿や人の心の真実を語るところにある。別称「在五が物語」「在五中将の日記」は、在原氏の五男で近衛中将であった業平の物語(日記)の意。略称「勢語」。

🔳《いろごのみ》には【訳し方注意】が付いて、かなり正確さが増した。
《ならなくに》は古今和歌集の歌に国歌大観番号が付いた。
《ひ・つ》は用例の歌が全句載せられた。
伊勢物語》は変更無し。近衛中将とあるが、正確には左近衛権中将。
「名歌・名句一覧」は拡充されているものの、引き続き《おしなべて》の歌は無し。


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🔷角川全訳古語辞典(編者:久保田淳・室伏信助、編集委員沖森卓也鉄野昌弘・保坂博子・室城秀之、2002年10月20日初刷、B6版、3段組み、本文1,510頁、付録〈動詞活用表、形容詞活用表、形容動詞活用表、主要助動詞活用表、主要助詞一覧、主要敬語一覧、紛らわしい語の一覧、図録[平安京内裏図・清涼殿図・寝殿造り・男子の服装・女子の服装・武装・乗輿]時刻と方位・月齢、文法要語解説、系図[皇室系図・藤原系図・源氏平氏系図源氏物語系図]おもな官職と官位相当表、西暦順/年代対照表、古典文学史年表〉、二色刷り、挿絵入り、巻頭口絵カラー4頁、コラム無し、収録語公称3万1千)

🔳公称収録語数3万1千は全訳タイプでは最多。本文頁数1,510頁も中判古語辞典では最多で、角川新版古語辞典以来久々の本格的中判古語辞典。
二色刷りだが、色刷りの部分は少ない。挿絵も少なめ。
付録も少なめだが、文法要語解説など文法関係には力を入れている。

【語釈】
《いろごのみ》
①恋愛の情趣を深く解していること。また、その人。
「色好みといはるるかぎり五人」〔竹取・石作の皇子〕
②風雅をよく理解していること。また、その人。
「世にふたりみたりの賢き色好み出でて、盛りにもてはやし侍るより、道広き事になれるとなむ」〔ささめごと〕
【参考】平安時代には男性にも女性にもいい、貴族らしいみやびな行為のできる人物であることに対する称賛の気持ちがあり、現代語の「色好み」「好色」とは語感が異なる。
《なら・なく・に》〘断定の助動詞「なり」の未然形+打消の助動詞「ず」のク語法+格助詞「に」〙
①(逆接を表し)……ではないのに。
「住の江の松ならなくに久しくも君と寝ぬ夜のなりにけるかな」〈大和・11〉
②(文末にあって、詠嘆の意を添える)……ではないのだなあ。……ではないことよ。
唐土モロコシの吉野の山にこもるとも遅れむと思ふ我ならなくに」〈古今・雑躰・1049〉
《ひ・つ》
①(自タ四)水につかる。水に浸る。ぐっしょり濡れる。
「我妹子が我を送ると白たへの袖筆漬つまでに泣きし思ほゆ」〔万葉・11・2518〕
②(自タ上二)につかる。水に浸る。ぐっしょり濡れる。
「袖ひつる時をだにこそ嘆きしか身さへ時雨のふりもゆくかな」〔蜻蛉・中〕
②(他タ下二)水につける。水に浸す。ぐっしょり濡らす。
「天雲のはるかなりつる桂川袖をひててもわたりぬるかな」〔土佐・二月一六日〕
伊勢物語
平安時代前期から中期にかけての物語。一冊。作者未詳。成立は特定しがたく、古い部分は「古今和歌集」成立の延喜5(905)年以前、新しい部分は天暦年間(947~957)以後とされ、原型とも呼べるものに数十年間で何人もの人の手が加えられている。在原業平と考えられる「男」を主人公とした一代記風の歌物語であり、この「男」がさまざまな女性と恋をすることにより、当時の宮廷人の生活や、愛に生きる男性の姿などが描き出されている。
《おしなべて峰もたひらになりななむ山の端なくは月も入らじを》〈伊勢・82〉
どの峰も一様に平らになってしまってほしいものだ。山の稜線がなければ月が沈むこともないものを。
[分析]
▷なりななむ 「ななむ」は、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」+希望の終助詞「なむ」。
▷山の端なくは 「山の端」は、山の空に接する辺り。稜線。「なくは」は形容詞「なし」の連用形「なく」+係助詞「は」で、仮定条件を表す。
▷入らじを 「じ」は打消推量の助動詞。「を」は接続助詞。
[参考]
交野の渚の院での桜の宴のあと、水無瀬に戻ってさらに酒盛りをした。寝所に赴こうとする惟喬親王をひきとめた業平の歌に、親王に代わって紀有常が応じたもの。「後撰和歌集」〈雑3・1249・上野岑雄〉では、第五句を、「月も隠れじ」とする。

🔳編者のうち室伏信助氏は「角川必携古語辞典」「角川必携古語辞典全訳版」にも関わっているのだが、この辞書は全く別の辞書と言っていいほどに違っている。
書名・和歌も角川書店の古語辞典としては初めて項目として立てられ、しかもその記事内容も初版以来の歴史がある旺文社古語辞典の記事を質量ともにはるかに凌いでいる。
各項目とも一新されているが、中でも注目されるのは《ならなくに》の「に」を角川の辞書としては初めて格助詞としたこと。「角川古語辞典・改訂版」が終助詞、「角川新版古語辞典」「角川最新古語辞典」「角川必携古語辞典」「角川必携古語辞典・全訳版」が接続助詞としていたものの、接続の点で疑問があり、ここは格助詞か間投助詞であるべきと考えるので、この変化は評価できる。
《ひつ》の語釈でも、「角川必携古語辞典全訳版」までずっと一緒にされていた四段活用と上二段活用が分けられた。これも評価したい。
現在のところ、中判古語辞典の中でも一、二と言える優れた古語辞典だと思う。