しこしこ書くブログ

特にテーマは決めずに書きます

知恵袋の回答(2021.3.28)

「日本文法事典」(北原保雄鈴木丹士郎・武田孝・増淵恒吉・山口佳紀編、1981年、有精堂)の「文法学説」の項より。

【解説】

《橋本文法》
 橋本進吉の文法学説は、言語の形式面を重視するという特徴がある。形式文法あるいは形式主義の文法などと言われることもあるが、この、形式面を重視し、それに基づいてすぐれた成果を挙げたというところに、この文法が世に広く受け入れられた、大きな理由があると考えられる。
 橋本文法では、意味を有する言語単位として、「文」「文節」「単語」の三つが考えられているが、この「文節」という単位を創案したところに、大きな特徴がある。文を幾つかの単位に句切る考え方は、古くからあり、殊に、本居春庭が『詞通路(ことばのかよいじ)』の中で、

f:id:nobinyanmikeko:20210328014737j:plain

というように区分けしたのは、橋本文法における「文節」の区分けと共通するものである。これは、橋本文法の「文節」の考え方の普遍性を確かめるものとも言える。
 この文節をもとに、文の構造をとらえ、また、語の性格を判断して行くというように、橋本文法と「文節」との関連は、きわめて密接である。「文節」という単位は、非常にとらえやすく、そこに橋本文法のすぐれている点があるとも言える。ただし、「文節」をもとに文の構造を考える時、例えば、「白い花が咲いた。」のような場合、「白い」の語は「花」を修飾していると考えたいところであるが、「文節」論の立場に立つと、まず「白い 花が 咲いた」と分けて考えを進めるため、「白い」の文節が「花が」の文節を修飾するととらえることになり、語の一般的な感覚に合致しない不自然さがもたらされる、ということもある。

《時枝文法》
〈詞・辞の分類〉
 時枝文法は、自身の創案になる言語理論である「言語過程説」に基づく。まず、語の分類としては、(1)概念過程を含む形式(=詞)、(2)概念過程を含まぬ形式(=辞)の二類を考える。この(1)に属する語は、客観的な事態を表現するもので、(2)に属する語は、表現者の主観的な判断を表現するものである、とされる。この考え方は、言語主体の心理作用に関連することが大きく、その点から、橋本文法の「形式的な文法」に対して、「心理的な文法」というように呼ばれることがある。時枝文法の「詞・辞」の分類は、『手爾葉大概抄(てにはたいがいしょう)』(伝藤原定家)や『言語四種論(げんぎょししゅろん)』(鈴木朖すずきあきら〉)などの江戸時代以前の書物に見られる言語観と一致する点があると、時枝は説明する。右の書では、「詞(ことば)」「てにをは」という二類に分ける考え方が示されているが、特に、鈴木朖が「てにをは」を「心ノ声」と説いたのは、「辞」を「主観的な判断」とする時枝文法の考え方と、密接に関連する。この鈴木朖の「心ノ声」という考えは、中国の前漢の学者である揚雄(ようゆう、B.C.53〜18)の『法言』にある、「言ハ心ノ声也」に基づくものと考えられるが、その「心ノ声」という考えに立って、鈴木朖は、一般に言う「てにをは」のほかに、「アハレ」や「又」などの語も、これに含めている。これは、感動詞や接続詞を「辞」に分類する時枝文法と共通するものがある、と言える。『手爾葉大概抄』『言語四種論』、及び、それと類似する考え方をとる、江戸時代以前に、ことばについて書かれた書物、それらと共通する考え方を持つ時枝文法は、時枝自身の説明によれば、時枝誠記によって翻案されたものではなく、日本古来の考え方を受け継ぎ、それに基づいて体系立てられたものてある、ということになる。
〈入子(いれこ)型構造〉
 時枝文法での、文の構造を示す図式を「入子型構造」という。時枝文法では、「文」を構成する単位として、「詞」と「辞」との結合した「句」を考えるが、この場合、「詞」「辞」は対等の関係で結合するのではなく、「辞」が「詞」を包み、統一するとして、その関係は、

f:id:nobinyanmikeko:20210328024907j:plain

と図解されるとする。このように、「辞」が「詞」を包み込む形式を、「風呂敷型構造」と名づける。文は、この「句」の重なった形で表現されることが多い。例えば「梅の花が咲いた。」の文でいえば、

f:id:nobinyanmikeko:20210328025408j:plain

のように図解されるが、このように、「句」が入れ子のように重ねられて行くところから、「入子型構造」と名づけられたのである。この「入子型構造」によると、右の例文で「咲い―た」の部分が最も外側に来ているように、文の中で最も外側に来る、大きな枠は、述語の枠である。主語の枠(右の例文で言えば「梅の花―が」)なども、述語の中に含まれることになる。これは、述語が文末に来て、しかも、位置の確定しているのは述語だけであり、最重要な要素を占めるのは述語であるという、日本語の構造をとらえるのに、「入子型構造」がふさわしい形式であることを示すものだと、時枝は説明している。西欧語の場合は、述語は文の中間にあり、その前に主語が、その後に補語や目的語が、それぞれ来る、という構造を持っている。これは、時枝によれば、述語を中心に、その両側に諸要素が来るという、「天秤型統一形式」とでも呼ばれるべきもので、そこに日本語との大きな違いがあり、日本語では「入子型構造」のような独自なとらえ方が考えられるべきだという。「入子型構造」では、「辞」が「詞」を統括するという考えに立つが、「美しい花が咲く。」のような文の場合、「美しい」と「咲く」との「句」には「辞」が現れて来ない。時枝文法では、このような場合、

f:id:nobinyanmikeko:20210328031922j:plain

のように図解し、🔳の部分は表現内容が言語形式に現れていないとして、「零記号の辞」と名づけている。この「零記号の辞」については、言語として表現されていない部分に言語を考えるというところに無理が認められるし、「時枝氏のゼロ符号なるものは無意義であり、まちがひである」(橋本進吉『国文法体系論』)とする考え方もある。

《山田文法》
 山田孝雄は、日本古来の文法学を基盤にして、ヴント(W.Wundt)、スウィート(H.Sweet)、ハイゼ(W.L.C.Heyse)などの西欧の言語学を採り入れて文法論を展開した。論理的な立場に立とうとするもので、その意味から、橋本文法の「形式的な文法」、時枝文法の「心理的な文法」に対して、「論理的な文法」という名称の与えられることもある。山田文法は、江戸時代の富士谷成章(ふじたになりあきら、1738〜1779)の考え方からの影響が大きかったと考えられる。富士谷成章は、語を、「名」「よそい(=用言)」「かざし(=名詞以外の、文中で用言よりも上に用いられる語。副詞・感動詞・接続詞・代名詞なども含む)」「あゆひ(=助詞・助動詞・接尾語の類)」と四分類するが、山田孝雄の「体言・用言・副詞・助詞」という四分類の、「副詞」のとらえ方と「かざし」とは、類似している。語の問題で言えば、いわゆる「助動詞」を、「複語尾」とよび、動詞の語尾の複雑に屈折・分出したものとして、一品詞にたてなかったこと、助詞を「関係語」として、他の三類の品詞を統合する「観念語」と対比させてその機能を定めるとともに、その中を「格助詞」「接続助詞」「副助詞」「係助詞」「終助詞」「間投助詞」の六類に分類したことが、殊に注目される。この助詞の六分類は、現在でも最も普及している分類方法である。山田孝雄は、文法を体系的に説いた書として、『日本文法論』(明35〈一部〉、明41〈完結〉)、『日本文法講義』(大11)、『日本口語法講義』(大11)、『日本文法学概論』(昭11)などを著しており、『日本文法学概論』において、最も完備した形のものが見られるわけであるが、彼の最初の書である『日本文法論』は、日本文法を学問のレヴェルに置いた最初の書として現在でも高く評価されている。

《松下文法》
 松下文法では、意義論的な立場から語の分析を行う。「断句(いわゆる文に当たる)」「詞(それだけの力で観念を表すことができるもの)」「原辞(詞を構成する材料となるもの。助詞・助動詞などはこれに入るが、詞であって同時に原辞となるものもある)」と、言語の単位を三段階に分けるが、そのうち、「詞」については、「山が」「川に」などもこれに属させたり、助詞・助動詞の類を単独では一観念を表すことができないとして「原辞」として扱ったりするなど、橋本文法にあいて、「文節」という単位を考えたり、この「文節」の構成能力から「辞(いわゆる付属語)」を分類したりする点などと、共通する面も見られる。しかし、このように「文節」にあたるものを「詞」に分類すると同時に、「山」「川」なども「詞」として同様に考え、また、この「詞」を品詞論の次元にそのまま使用したことは、この文法を分かりにくいものにしてしまったように思われる。「詞」の分類に当たっては、名詞・動詞・副体詞・副詞・感動詞・複性詞という六類を立てている。このうち、動詞に「動作動詞(いわゆる動詞)」「形容動詞(いわゆる形容詞)」の区別を考えているが、これは、時間性の有無を考えて判断しようとしたものである。また、複性詞については、西欧語・漢語に存在するものであって、日本語にはないとしている。松下文法の中に、西欧語との対照ということがしばしば見られるが、これはその一つの現れであると同時に、松下文法が、いわゆる一般文法を志向すると考えられる所以の一つでもある。なお、松下大三郎が体系的に日本文法を説いた書としては、『日本俗語文典』(明34)、『標準日本文法』(大13)、『改撰標準日本文法』(昭3)、『標準日本口語法』(昭5)などがあり、その間に、学説の変化が、かなり認められる。ここでは、『改撰標準日本文法』を中心に述べた。

《大槻文法》
 大槻文法は、近代日本文法の祖と言われる。それ以前の、国学の伝統に立つ文法と、西欧言語学を日本語に適用した文法という、二つの文法の流れを統合し、近代的な文法としての体系を創始したものである。別の面から言えば、「和洋折衷の文法」ということにもなる。ただし、例えば、形容詞について、日本語の場合は、語尾の変化・法があって動詞に近い点があるとして、西欧語とは異なることを指摘するなど、従来の二つの流れを単に折衷したものでないことも、忘れてはならない。大槻文法では、「名詞」「動詞」「形容詞」「助動詞」「副詞」「接続詞」「弖爾乎波(てにをは)」「感動詞」の八品詞に分けるが、この品詞のとらえ方が、西欧言語学をただ機械的に適用するのでなく、日本語にふさわしい形でなされている点は、高く評価されてよい。

【参考文献】
橋本進吉国語学概論』昭21、岩波書店。 同『国語法研究』昭23、岩波書店。 同『国文法体系論』昭34、岩波書店。 時枝誠記国語学原論』昭16、岩波書店。 同『日本文法口語篇・文語篇』昭25・29、岩波書店。 山田孝雄『日本文法論』明41、宝文館。 同『日本文法学概論』昭11、宝文館。 松下大三郎『改撰標準日本文法』昭3、紀元社。 大槻文彦『広日本文典・同別記』明30、大槻家蔵版。 『日本文法講座2文法論と文法教育』昭32、明治書院。 『解釈と鑑賞』特集「文法学説の整理━━その長所と短所━━」昭40・10、至文堂。 古田東朔「文法研究の歴史(2)」(『岩波講座日本語6』昭51、岩波書店)。

(山口明穂)



また、「国語学辞典」(国語学会編、1955年、東京堂)には「連文節」について、このような図が載っています。

f:id:nobinyanmikeko:20210328160531j:plain


こうして見ると、連文節は時枝誠記の入子型構造に似ているようにも見えますが、文の構造についての基本的な考え方が橋本文法と時枝文法では異なっていると思います。